がんのアルカリ療法

注:このサイトの記事は「がんのアルカリ療法」に関して医学論文に報告されている内容をまとめたものです。『がん組織は酸性化しているので、体をアルカリ化すると抗がん剤治療や免疫療法の効き目を高める』という医学的事実を論文報告に基づいて解説したものです。 特定の医薬品やサプリメントを宣伝・広告するものではあリません。

がん組織のアルカリ化は抗がん剤治療と免疫療法の効き目を高める!

【がん組織の周囲は酸性になっている】

がん組織では乳酸水素イオン(プロトン)の産生が増えています。がん細胞の代謝の特徴は、酸素が十分にあってもミトコンドリアでの酸素を使ったATP産生が抑制され、酸素を使わない解糖系が亢進していることです。
正常細胞では、グルコースからピルビン酸まで分解したあと、酸素があればTCA回路(クエン酸回路)と電子伝達系による酸化的リン酸化によってATPを生成しますが、酸素が無い場合はピルビン酸からさらに乳酸に分解します(嫌気性解糖)。
がん細胞の場合は、低酸素誘導因子-1(HIF-1)の活性亢進によって、ピルビン酸を乳酸に変換する乳酸脱水素酵素の発現量が増え、ピルビン酸をアセチルCoAに変換するピルビン酸脱水素酵素の活性が低下しているので、酸素が十分にあっても、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制され、乳酸の産生が増えることになります。この現象はワールブルグ効果、あるいは好気性解糖といってがん細胞の代謝の特徴です。
なぜ、ピルビン酸で止まらないで乳酸に変換されるかというと、その理由は、解糖系で還元されたNADH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)を酸化型のNAD+に戻すためです。酸化型NAD+が枯渇すると解糖系が進行しなくなります。 NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)は酸化還元反応における電子伝達体として機能します。NADは酸化型と還元型の2種類の形で存在し、酸化型NADは解糖系の反応に必要で、解糖系で還元型になったNADHを酸化型NADに戻すために乳酸が作られるのです(図)。この反応によって、酸素が無い状況でもグルコースを分解してATPの産生を続けることができるようになるのです。

図:解糖系ではグルコースからピルビン酸、ATP、NADH 、水素イオン( H+)が作られる。嫌気性解糖系や乳酸発酵では、還元型NADH を還元剤として用いてピルビン酸を還元して乳酸にする。乳酸に変換する反応によって酸化型NADを再生することによって解糖系での代謝が続けられる。

このワールブルグ効果の結果、がん組織では乳酸の産生が増え、乳酸と水素イオン(プロトン)の細胞内濃度が高まり、細胞内のpHが低下し酸性になります。 グルコース1分子が解糖で2分子の乳酸になるときに2分子のプロトン(H+)が産生されるからです。

細胞内のpHが低下して酸性になると細胞内のタンパク質の活性や働きは阻害され、pH低下が顕著になれば細胞は死滅します。そこで、細胞は乳酸や水素イオン(プロトン)を細胞外に排出しなければなりません。
乳酸はモノカルボン酸トランスポーターという輸送担体で細胞外に排出され、水素イオンは液胞型プロトンATPアーゼ(vacuolar H+-ATPases)モノカルボン酸輸送体(monocarboxylate transporter:乳酸-プロトン共輸送体)Na+-H+ 交換輸送体1(Na+-H+ exchanger 1:NHE1)などによって細胞外に放出されます。
このような機序でがん細胞は積極的にプロトンを細胞外に排出するので、細胞外はより酸性になり、逆に細胞内はアルカリ性になります。

図:解糖によって産生された水素イオンは液胞型プロトンATPアーゼ(V-ATPases)、モノカルボン酸輸送体(MCT)、Na-H 交換輸送体1(NHE1)などによって細胞外に放出される。V-ATPaseはATPのエネルギーを使ってプロトンを細胞外に排出し、NHE1はナトリウムイオンと交換してプロトンを排出する。MCTは乳酸とプロトンを排出する。その結果、がん細胞の外はプロトン(水素イオン)が蓄積して酸性化する。がん組織(細胞外)が酸性化すると、がん細胞の浸潤・転移が促進され、血管新生の亢進、抗がん剤耐性、免疫細胞の活性抑制などが引き起こされる。

がん組織の微小環境は血液やリンパ液の循環が悪いので、水素イオンはがん組織に蓄積します。その結果、がん細胞の周囲の組織は水素イオンの濃度が高くなってpHが低下します。正常の組織のpHは7.3〜7.4程度とややアルカリ性ですが、がん組織の微小環境のpHは6.2〜6.9とより酸性になっていると言われています。
そして、このがん組織の酸性化した微小環境は、がんの生存にとって様々なメリットを与えます
組織が酸性化すると正常な細胞が弱り、結合組織を分解する酵素の活性が高まるため、がん細胞が周囲に広がりやすくなり、さらに血管新生が誘導されるので、がん細胞の浸潤や転移が促進されます。
組織が酸性になるとがん細胞を攻撃しにきた免疫細胞の働きが弱ります。
さらに乳酸には、がん細胞を攻撃する細胞傷害性T細胞の増殖や、免疫細胞の働きを高めるサイトカインの産生を抑制する作用があり、がんに対する免疫応答を低下させる作用もあります。
抗がん剤の多くは塩基性なので、酸性の組織には抗がん剤が到達しにくくなり、活性が低下するということも指摘されています。
したがって、がん組織の酸性化を改善できれば、抗がん剤治療や免疫療法の効き目を高めることができることになります。 さらに、水素イオンの排出メカニズムを阻害してがん細胞内のpHを低下させれば、がん細胞を死滅させることもできます。

【がん細胞内は正常細胞よりもアルカリ性になっている】

がん細胞では解糖系の亢進によって、乳酸と水素イオン(プロトン)の細胞内での産生が亢進しています。したがって、「がん細胞内も酸性化している」と思うかもしれません。 しかし事実は逆で、がん細胞内では正常細胞よりアルカリ性になっていることが明らかになっています。
そして、細胞内をアルカリにすることが、細胞の発がん過程の初期から起こっており、これが解糖系を亢進する重要な要因になっているのです。 つまり、がん細胞でワールブルグ効果(解糖系亢進と酸化的リン酸化の抑制)が成立する前に細胞内のアルカリ化が起こっていることが明らかになっています。
発がん過程における、がん遺伝子やがん抑制遺伝子の様々な関与については多くの研究が行われています。 一方、細胞の内外における水素イオン(プロトン)の動態については、最近になってやっと研究が行われるようになりました。
水素イオン指数(pH:potential of hydrogen)は水素イオンの濃度を表す物理量です。 pHの読みは「ピーエイチ」(英語読み)、または「ペーハー」(ドイツ語読み)です。 pHは水素イオンのモル濃度を mol/Lで表した数値の逆数の常用対数で示したもので、数値が低いほど酸性(プロトン量が多い)、数値が高いほどアルカリ性(プロトン量が少ない)になります。
細胞内のpH(pHi)と細胞外のpH(pHe)のpH勾配(pH gradient)は正常細胞とがん細胞では逆になっています。 すなわち、正常細胞では細胞内に比べて細胞外の方がよりアルカリ性で、がん細胞では細胞内がアルカリ性で細胞外が酸性になっています。
がん遺伝子を導入して細胞をがん化させる実験で、細胞ががん化する過程で、細胞内のエネルギー産生系がミトコンドリアの酸素呼吸(酸化的リン酸化)から解糖系にシフトします。 この実験系で、細胞のがん化が進むにつれて、細胞内がよりアルカリ性になり、細胞外がより酸性になることが示されています。
そこで、このpH勾配を少なくする、あるいは正常化する(細胞内を酸性にして、細胞外をアルカリ性にする)ことががん治療のターゲットとして注目されています。
がん細胞における好気性解糖(酸素が十分にあっても解糖系に依存)を中心とする代謝と、がん細胞の増殖を支える血管の新生をターゲットにしたがん治療を考えたとき、細胞内外のプロトン動態が重要なターゲットになるのです。
細胞内のpHは、細胞増殖の制御、増殖因子やがん遺伝子の活性、ミトコンドリアの活性、酵素活性、DNA合成、分化など様々な細胞機能に影響しています。 正常細胞では細胞内のpH(pHi)は6.99〜7.05とほぼ中性で、がん細胞では細胞内のpH(pHi)は7.12〜7.7とアルカリ性です。 一方、細胞外のpH(pHe)は正常細胞が7.3 〜7.4とアルカリ性であるのに対して、がん細胞の細胞外のpH(pHe)は6.2〜6.9と酸性です。 したがって、細胞内外のpH勾配は正常細胞とがん細胞では逆になっています。

図:正常細胞では細胞内pH(pHi)は6.99〜7.05とほぼ中性で、細胞外pH(pHe)は7.3〜7.4とアルカリ性になっていて、pHeがpHiより高い。一方、がん細胞では細胞内pHは7.12〜7.7とアルカリ性になって、細胞外pHは6.2〜6.9と酸性になって、pHiがpHeより高い。

【がん細胞内のアルカリ化は解糖系亢進(ワールブルグ効果)を促進している】

上述のように、細胞内pHと細胞外pHの差は正常細胞ではマイナス(細胞外の方がpHは高い)でがん細胞ではプラス(細胞内の方がpHは高い)になっています。 がん細胞において、細胞内pHがアルカリ性で、細胞外が酸性という状況が細胞増殖や血管新生を促進する重要な要因になっていることが明らかになっています
したがって、がん細胞の細胞内pHを低下(酸性化)させ、細胞外pHを高める(アルカリ化)方法は、有望ながん治療となります。
がん細胞では、解糖系の亢進によって乳酸とプロトン(水素イオン)の産生は亢進しています。しかし、がん細胞では、プロトンの細胞外排出能を高めることによって、細胞内をアルカリ性に維持し、細胞外の酸性度を高めています。
この細胞外へのプロトンの排出は、Na-H 交換輸送体1(Na-H exchanger 1:NHE1)、液胞型プロトンATPアーゼ(vacuolar H-ATPases)、H+/Cl− 共輸送体(H+/Cl− symporter)、モノカルボン酸輸送体(monocarboxylate transporter:乳酸-プロトン共輸送体)、ナトリウム依存性Cl−/HCO3− 交換体(Na+-dependent Cl−/HCO3− exchangers)、炭酸脱水酵素(Carbonic anhydrase)、ATP合成酵素(ATP synthase)などのトランスポーターや酵素によって制御されています。
がん細胞は解糖系での代謝が亢進しており、その結果、乳酸とプロトン(水素イオン)の産生が増えています。 この乳酸とプロトンを細胞外に積極的に放出することによって、細胞内はアルカリ側に維持しています。 がん組織は細胞外液の循環が悪いので、細胞外に乳酸やプロトンが蓄積して、細胞外は酸性になっています。 このpH勾配の逆転ががん細胞の悪性化進展に関与していることが示されています。
がん遺伝子を導入して細胞のがん化を誘導する実験で、細胞のがん化の過程の初期にNa-H exchanger 1(Na-H 交換輸送体1: NHE1)活性が亢進して、がん細胞内のpHがアルカリ化することが観察されています。 この細胞内のアルカリ化は、解糖系での酵素活性を高め、好気性解糖(ワールブルグ効果)を亢進し、細胞の増殖を促進します。 つまり、細胞のがん化過程においてNHE1活性が亢進し、細胞内のアルカリ化が亢進することが、細胞の解糖系とがん化過程をさらに亢進することになるのです
がん細胞のエネルギー代謝で最も特徴的なのが、酸素が十分に利用できる状況でも、がん細胞はミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)が抑制され、酸素を使わない解糖系でのグルコース代謝が亢進していることです。 この現象は、オットー・ワールブルグ博士によって発見されたのでワールブルグ効果と呼ばれています。あるいは、酸素が存在する状況での解糖系亢進のので「好気生解糖」とも呼ばれます。
解糖系と酸化的リン酸化の活性は細胞内pHに依存していますが、その作用は逆です。 つまり、細胞内のアルカリ化に伴って、酸素呼吸から解糖に移行するのです
細胞内pH(pHi)がアルカリ化すると解糖系酵素(ホスホフルクトキナーゼ-1や乳酸脱水素酵素など)の活性が亢進することが明らかになっています。 解糖で1分子のグルコースから2分子のプロトンが産生されます。 NHE1(Na-H+交換輸送体1)は細胞外のナトリウムイオンと細胞内のプロトンを交換しながら細胞内のプロトンを細胞外に放出する働きを示す交換輸送体です。 pHiが低下(酸性化)するとNHE1にプロトンが結合して構造が変化し活性化します。 NHE1の発現と活性が亢進すると、細胞内はアルカリ化し、細胞外は酸性になります。 NHE1の発現が多いほど、予後が悪いことが報告されています。 がん細胞内が酸性になるとNHE1にプロトンが結合して活性が亢進するので、細胞内の解糖系を阻害するとNHE1の活性を抑制できます
また、NHE1の発現は低酸素誘導因子-1(HIF-1)で誘導されるので、HIF-1の活性を抑制すると、NHE1の活性を抑制できます。 ジクロロ酢酸やジインドリルメタンはHIF-1の活性を抑制します。
モノカルボン酸トランスポーター(Monocarboxylate transporter:MCT)は乳酸やピルビン酸やケトン体と一緒にプロトン(水素イオン)を受動拡散で排出する共輸送体です。 これもHIF-1で誘導されます。 HIF-1はプロトンを細胞外に排出するポンプやトランスポーターや酵素の発現を亢進して、細胞内pHをアルカリ性(7.3以上)に維持しようとしています。したがって、HIF-1のは発現や活性を抑えることは、がん組織の酸性化を阻止します
MCTはpHi(細胞内pH)を高め、pHe(細胞外pH)を低下させます。 MCTを阻害するとpHiが低下(酸性化)して増殖活性が低下することが示されています。
液胞型プロトンATPアーゼ(V-ATPases)はATPのエネルギーを使ってプロトンを細胞外に排出します。 液胞型プロトンATPアーゼ(V-ATPases)は、胃薬として既に使用されているプロトンポンプ阻害剤で阻害できることが報告されています。 プロトンポンプ阻害剤で細胞外をアルカリ性にして細胞内を酸性にすると、がん細胞の増殖を抑え、抗がん剤の効き目を高めることができます。

【がん組織の酸性化を促進するV型ATPアーゼ】

がん細胞の水素イオンの排出に大きな役割を果たしているのが前述のV型ATPアーゼです。がん細胞ではこのV型ATPアーゼの発現が亢進しており、がん組織の酸性化に関与しています。
V型ATPアーゼの阻害薬ががんの治療薬として開発が行われていますが、胃酸分泌阻害剤として使用されているプロトンポンプ阻害剤がV型ATPアーゼを阻害する作用があることが知られています。 胃潰瘍の治療に使われるプロトンポンプ阻害剤は、主に胃のH+/K+ATPasesを阻害しますが、V型ATPaseも阻害します。 実際に、動物の移植腫瘍を使った実験などで、プロトンポンプ阻害剤が腫瘍組織の酸性化を改善して抗がん剤や免疫療法の効果を高める作用が報告されています。
細胞膜を隔てた物質の輸送には、濃度の高い方から低い方に向かって行われる受動拡散と、濃度勾配に逆らって物質の輸送を行う能動輸送の2種類があります。 受動拡散の場合の膜を通るルートの膜貫通タンパク質はチャネル(channel)と言い、能動輸送に関与する膜貫通タンパク質はポンプ(pump)と言います。
濃度勾配に逆らって物質を輸送するためにはATPによるエネルギーが必要です。 ATPのエネルギーを使って、水素イオンを能動的に輸送するトランスポーターとしてがん細胞における水素イオンの細胞外への排出に関与しているのがV型ATPアーゼです。つまり、ATP依存性のプロトンポンプです。
V型ATPアーゼはvacuolar ATPaseの日本語訳です。液胞型ATPアーゼや液胞型プロトンポンプなどとも訳されています。ATPアーゼとはATP(アデノシン三リン酸)の末端高エネルギーリン酸結合を加水分解する酵素群の総称で、ATPを使って生物活動に行うタンパク質の多くがこの活性を持っています。 つまり、V型ATPアーゼは液胞のプロトン(水素イオン)の能動輸送を行うATPアーゼ活性をもったタンパク質で、ATPのエネルギーを使ってプロトン(水素イオン)を能動的に細胞膜を通して輸送するタンパク質です。
V型ATPアーゼは、細胞のゴルジ体、液胞、リソソーム、細胞膜等の膜系に存在し、10数個の異なるサブユニットから構成される複合体です。ATP の加水分解反応と共役した回転触媒機構により水素イオン(プロトン)を輸送し、空胞内部を酸性化します。
例えばリソソームは細胞内に蓄積された不要物を分解したり、細胞外から取り込んだ物質を分解する小胞で、リソソームの内部は酸性条件下で活性化される加水分解酵素が含まれています。このリソソームの空胞内部に水素イオンを輸送して内部を酸性にするのがV型ATPアーゼです。 細胞内では、外部の物質を取り込んで消化するエンドサイトーシスや、細胞内の古くなった小器官などを消化するオートファジーなど、細胞内での物質の分解は膜で囲まれた小胞内で行われ、この内部の加水分解酵素の活性化に必要なpHに下げる役割がV型ATPアーゼです。 そして、がん細胞では、細胞内で大量に生成した水素イオンを細胞の外に排出する役割も担っています。

【V型ATPアーゼを阻害するとがん細胞の悪性度は低下する】

V型ATPアーゼはATP依存性のプロトンポンプで、細胞膜を通してプロトン(H+:水素イオン)を外に排出します。正常細胞では細胞内pHの調節に重要な役割を果たしています。 がん細胞では、さらに重要な役割を担っています。それはがん細胞では、解糖系の亢進によって乳酸と水素イオンの産生が増えて、細胞内が酸性になりやすい状況になり、細胞内の酸性化を防がないと細胞死を起こすからです。  
したがって、がん細胞ではこのV型ATPアーゼの発現量が顕著に増えています。V型ATPアーゼの発現量増加ががん細胞の浸潤や転移や抗がん剤抵抗性と関連していることが明らかになっています。
がん細胞の周囲が酸性になると、正常細胞(特に免疫細胞)がダメージを受けて働きが抑制され、結合組織を分解する酵素が活性化されて、転移や浸潤や血管新生が促進されます。さらに、がん細胞の周囲が酸性だと、多くの抗がん剤は塩基性であるため、がん細胞内に集まりにくくなります。
そのため、がん細胞におけるプロトンポンプの働きを阻害すると、がん細胞の浸潤や転移や抗がん剤抵抗性を抑制できると考えられています。 V型ATPアーゼそのものの阻害を目的にした抗がん剤の開発も行われていますが、まだ臨床で使えるものはありません。しかし、胃潰瘍の治療に使用されるプロトンポンプ阻害剤が、このV型ATPアーゼを阻害することが報告されています。
プロトンポンプ阻害剤は胃の壁細胞のプロトンポンプに作用し、胃酸の分泌を抑制する薬です。医薬品としては、オメプラゾール(オメプラール・オメプラゾン)、ランソプラゾール(タケプロン)、ラベプラゾールナトリウム(パリエット)、エソメプラゾール(ネキシウム)など多数の薬が販売されています。
まだ動物実験のレベルですが、これらのプロトンポンプ阻害剤ががん細胞の抗がん剤感受性を高める効果、がん細胞に対する免疫細胞の働きを高める効果、がん細胞内の水素イオン濃度を高めてがん細胞を死滅させる効果などが報告されています(図)。

図:がん細胞は解糖系によるグルコース代謝が亢進して乳酸と水素イオン(プロトン、H+)の産生量が増える。細胞内の酸性化は細胞にとって障害になるので、細胞はV型ATPアーゼ(vacuolar ATPase:液胞型ATPアーゼ)やモノカルボン酸トランスポーター(MCT)などの仕組みを使って、細胞内の乳酸や水素イオン(プロトン)を細胞外に排出する。その結果がん細胞の周囲はpHが低下してがん組織は酸性化している。組織が酸性化すると、細胞傷害性T細胞のようながん細胞を攻撃する免疫細胞の働きが阻害される。塩基性の抗がん剤は酸性の組織に到達しにくくなり抗がん剤が効かなくなる。さらに、周囲の正常細胞がダメージを受け、タンパク分解酵素が活性化してがん細胞の浸潤や転移が促進される。腫瘍を養う血管の新生も誘導される。胃酸分泌阻害剤として使われているプロトンポンプ阻害剤はV型ATPアーゼ(V-ATPase)を阻害することによって、がん組織の酸性化を抑制し、がん細胞の浸潤や転移を抑制し、抗がん剤や免疫療法が効きやすくする効果が報告されている。さらに、がん細胞内の酸性化が亢進すると、がん細胞を死滅できる可能性も報告されている。

【プロトンポンプ阻害剤は抗がん剤の効き目を高める】

抗がん剤治療とプロトンポンプ阻害剤併用の有用性を示す論文が報告されています。人間での有効性も報告されています。以下のような論文があります。

Proton pump inhibitor chemosensitization in human osteosarcoma: from the bench to the patients' bed.(ヒト線維肉腫におけるプロトンポンプ阻害剤による抗がん剤感受性の亢進;実験台の結果から臨床へ) J Transl Med. 2013 Oct 24;11:268. doi: 10.1186/1479-5876-11-268.

【要旨】
研究の背景:
がんの基礎研究を臨床応用に反映させる上で最も大きな目標は、現行の抗がん剤治療の全身的な毒性を減らし、抗腫瘍効果を高めることである。 多くのがん組織において認められる微小環境の酸性化は、がん細胞が抗がん剤の効き目を減弱させるメカニズムとしては非常に有効な方法である。 それは、水素イオン(プロトン:H+)が多い環境に抗がん剤が到達すると、その抗がん剤はプロトン付加(protonation)と中性化によってがん細胞内に入り込みにくくなるからである。 この腫瘍組織の性状をプロトンポンプ阻害剤が変えることによってがん細胞の抗がん剤感受性が高まることを、我々は以前の研究で示している。この研究では、プロトンポンプ阻害剤が骨肉腫に対する抗がん剤感受性を高める効果があるかどうかを検討した。

方法: MG-63 と Saos-2 の2種類のヒト骨肉腫細胞の細胞株を用いて実験を行った。 マウスに肉腫細胞を移植する実験系でプロトンポンプ阻害剤で前処理したあとにシスプラチンを投与し、細胞増殖に対する作用を評価した。 臨床において、メソトレキセートとシスプラチンとアドリアマイシンによる補助化学療法においてプロトンポンプ阻害剤の前投与による効果を検討する多施設臨床試験を実施した。

結果:培養細胞を使った実験と移植腫瘍を用いた実験で2種類のヒト骨肉腫細胞株のどちらに対しても、プロトンポンプ阻害剤はシスプラチンに対する抗がん剤感受性を高めた。 プロトンポンプ阻害剤のエソメプラゾール(esomeprazole)を前投与する臨床試験では、 がん組織の壊死した組織の割合から評価した抗がん剤治療による抗腫瘍効果をエソメプラゾールは増強した。 この作用は、治療が困難な骨肉腫の組織型である軟骨芽細胞骨肉腫(chondroblastic osteosarcoma)において特に顕著に認められた。 プロトンポンプ阻害剤投与によって副作用が増強することはなかった

結論:標準的な抗がん剤治療にプロトンポンプ阻害剤を併用することが有効であることの証拠を本研究は示している。

プロトンポンプ阻害剤ががん細胞の抗がん剤感受性を高めることは今までに多くの報告があります。
がん細胞では解糖系が亢進し、乳酸の産生が亢進し、組織が酸性化しているのが特徴です。この組織の酸性化は免疫細胞の働きを弱めたり、結合組織を分解する酵素の活性を高めてがん細胞の浸潤や転移を促進したり、血管新生を促進する作用などがあります。さらに抗がん剤ががん細胞内に入りにくくなったり活性が低下する作用もあります。 したがって、がん組織の酸性化を阻止すると抗がん剤が効きやすくなることが多くの実験で示されています。
そして、この論文では、人間での臨床試験の結果で、プロトンポンプ阻害剤が抗がん剤治療の効果を高めることを報告しています。
この臨床試験では手術可能な骨肉腫の患者を対象にして、プロトンポンプ阻害剤のエソメプラゾール(esomeprazole)を術前補助化学療法(メソトレキセート+シスプラチン+アドリアマイシン)の投与を受ける前の2日間の内服を受けています。 そして手術後の腫瘍組織の病理検査で、抗がん剤治療によってがん組織が壊死した程度を、過去のデータと比較しています。 その結果、抗がん剤治療が良く効いた症例(good responder:壊死した腫瘍部分が90%以上)の割合は抗がん剤治療単独では47%に対して、抗がん剤にプロトンポンプ阻害剤を併用した場合は57%に増加するという結果が得られています。治療に抵抗性の軟骨芽骨肉腫(chondroblastic osteosarcoma)の場合は、抗がん剤単独ではgood responderは25%に対してプロトンポンプ阻害剤を併用すると61%になるという結果が得られています。そして、副作用の程度は両群で差は認められていません。
プロトンポンプ阻害剤を服用してがん組織のpHをアルカリ側にすることはがん治療にプラスになると言えそうです。 次のような論文もあります。

Lansoprazole as a rescue agent in chemoresistant tumors: a phase I/II study in companion animals with spontaneously occurring tumors (抗がん剤抵抗性腫瘍の救援成分としてのランソプラゾール:自然発症腫瘍をもつペット動物における第I/II相試験)J Transl Med. 2011; 9: 221.

ランソプラゾールはタケプロンという商品名の胃酸分泌阻害剤です。
抗がん剤単独(犬10匹+猫7匹)と 抗がん剤+Lansoprazole((犬27匹+猫7匹)で検討し、抗がん剤単独群では17%に短期間の部分奏功を認めましたが、その他は全て2ヶ月以内に死亡しました。Lansoprazoleを併用した群では部分奏功+完全奏功が67.6%で、奏功しなかった動物でもQOLの改善を認めました。

【プロトンポンプ阻害剤とジクロロ酢酸ナトリウムは相乗効果でがん組織の酸性化を軽減する】

ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害してピルビン酸脱水素効果を活性化して、ミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)を亢進し、乳酸とプロトンの産生を抑制します。
ジクロロ酢酸ナトリウムは低酸素誘導因子-1(HIF-1)の活性を抑える作用もあります。HIF-1は乳酸脱水素酵素を活性化するので、HIF-1の活性阻害は乳酸とプロトンの産生を減らします。
線維肉腫細胞(HT1080)を移植したヌードマウスの実験モデルで、ジクロロ酢酸ナトリウムとオメプラゾールは相乗的に増殖を抑制するという報告があります。
ジクロロ酢酸ナトリウムでピルビン酸からアセチルCoAへの変換を促進すると乳酸の産生が抑制されます。プロトンポンプ阻害剤とジクロロ酢酸ナトリウムの併用は、がん組織の酸性化を抑制する効果を高めることになります。 ジクロロ酢酸ナトリウムとプロトンポンプ阻害剤(オメプラゾール)の併用で相乗効果が期待できることが報告されています。
以下のような論文があります。

Cotreatment with dichloroacetate and omeprazole exhibits a synergistic antiproliferative effect on malignant tumors. (ジクロロ酢酸とオメプラゾールの併用投与は悪性腫瘍に対して相乗的な増殖抑制効果を示す)Oncol Lett. 3(3): 726–728.2012年

線維肉腫細胞を移植したヌードマウスの実験で、ジクロロ酢酸ナトリウム50mg/kg+オメプラゾール2mg/kgの併用で著明な腫瘍の縮小が認められています。 それぞれ単独では腫瘍の縮小は認めなかったが併用すると著明な縮小効果が認められたという結果です。
正常な線維芽細胞に対しては増殖抑制効果は認めなかったと報告されています。
プロトンポンプ阻害剤(PPI)はがん細胞に対する免疫細胞の攻撃力を高めます。 PPIが骨肉腫や転移性乳がんや頭頚部がんの抗がん剤治療の効き目を高めることが臨床試験で示されています。
ジクロロ酢酸ナトリウムの投与でがん組織の酸性化が緩和されると免疫細胞の働きが良くなって抗腫瘍免疫による抗がん作用が強化されることが報告されています。がん組織の酸性化が免疫細胞の働きを抑制するからです。
したがって、ジクロロ酢酸ナトリウムとプロトンポンプ阻害剤の併用は抗腫瘍免疫の活性化にも効果が期待できます
プロトンポンプ阻害剤は抗がん剤治療による胃粘膜障害による副作用や消化器症状を緩和するという臨床試験の結果も報告されています。したがって、抗がん剤治療中や免疫療法を受けているときに、がん組織の酸性化を軽減し、胃腸症状を緩和する目的でプロトンポンプ阻害剤を併用するメリットはあると言えます。 その他、解糖系を阻害する2-デオキシ-D-グルコースやケトン食の併用も、がん組織の酸性化を抑制して、抗がん剤治療の効き目を高めると言えます。

【ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害する】

ジクロロ酢酸ナトリウム(sodium dichloroacetate)は酢酸(CH3COOH)のメチル基(CH3)の2つの水素原子が塩素原子(Cl)に置き換わったジクロロ酢酸(CHCl2COOH)のナトリウム塩です。構造式はCHCl2COONaになります。  
ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害することによってピルビン酸脱水素酵素の活性を高める作用があります。ミトコンドリアの異常による代謝性疾患、乳酸アシドーシス、心臓や脳の虚血性疾患の治療などに、医薬品として古くから使用されています。  
がん細胞では低酸素誘導性因子-1(HIF-1)の活性亢進によってピルビン酸脱水素酵素キナーゼの活性が亢進し、ピルビン酸脱水素酵素の活性が低下し、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換が阻止されているため、ミトコンドリアでのエネルギー産生が低下しています。  
そこで、ジクロロ酢酸ナトリウムでがん細胞のピルビン酸脱水素酵素を活性化して、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換を促進してTCA回路を回せば、乳酸の産生が抑えられます(図)。さらに、酸化的リン酸化の過程で活性酸素の産生が増え、酸化ストレスの増大によってがん細胞を死滅できるという作用機序が報告されています。  
がん細胞では活性酸素の発生を減らして死ににくくするために、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を抑制しています。ジクロロ酢酸ナトリウムでがん細胞のミトコンドリアでの代謝を促進して活性酸素の産生を増やすと抗がん剤で死にやすくなります。ジクロロ酢酸ナトリウム単独でもがん細胞が死滅することが培養細胞や動物実験で明らかになっています。

図:低酸素誘導因子-1(HIF-1)はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を誘導して(①)、ピルビン酸脱水素酵素(ピルビン酸をアセチルCoAに変換する)の働きを阻害するので(②)、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるATP産生が抑制されている(③)。ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼの活性を阻害することによってピルビン酸脱水素酵素の活性を高める(④)。R体αリポ酸とビタミンB1はピルビン酸脱水素酵素の補因子として作用する。ピルビン酸脱水素酵素を活性化すると、ピルビン酸からアセチルCoAの変換を促進し、TCA回路での代謝と酸化的リン酸化を亢進する(⑥)。ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が亢進すると、乳酸産生が減少する(⑦)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はがん細胞の解糖を阻害して乳酸産生を低下させる(⑧)

【2-デオキシ-D-グルコースは解糖系を阻害する】

2-デオキシ-D-グルコース(2-Deoxy-D-glucose)は、グルコース(ブドウ糖)の2位の水酸基(OH)が水素原子(H)に置換された物質(グルコース誘導体)です。 2-デオキシグルコース(2-DG)はグルコースと同じようにグルコース輸送体(グルコース・トランスポーター)のGLUT1を利用して細胞内に取り込まれます。

グルコースと2-DGは細胞内に入るとヘキソキナーゼによってリン酸化され、グルコース-6-リン酸あるいは2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸(2-DG-6-リン酸)に変換されます。リン酸化されるとグルコース・トランスポーターを通過できないため細胞外へ出れなくなります。 このヘキソキナーゼによる6位のリン酸化は解糖系によるブドウ糖(グルコース)の代謝の最初のステップで、細胞内に取込んだブドウ糖を細胞内にとどめておく目的があります。リン酸化反応後は、グルコース-6-リン酸はさらに解糖系で代謝されてエネルギー産生に使われ、ペントース・リン酸経路で核酸などの物質合成の材料としても利用されます。
 しかし、2-DG-6-リン酸は、解糖系酵素で代謝できないため、細胞内に蓄積します。
グルコース-6-リン酸や2-DG-6-リン酸を脱リン酸化するフォスファターゼが糖新生を行う肝臓や腎臓の細胞にはありますが、多くのがん細胞はフォスファターゼの活性が低いので、一旦入った2-DGは2-DG-6-リン酸に変換されたあとは細胞外に出ることができず、さらにそれ以上代謝されることもできないので、2-DG-6-リン酸の状態でどんどん蓄積します。

2-DGによってエネルギー産生が低下するとそのストレス応答によってグルコーストランスポーターの発現がさらに増え、2-DGの取り込みをさらに増やすことにもなります。
したがって、がん細胞は正常細胞に比べてより2-DGの取込みが増えます。 細胞内で蓄積した2-DG-6-リン酸はヘキソキナーゼとヘキソース・フォスフェート・イソメラーゼを阻害します(拮抗阻害)。したがって、2-DGを経口摂取すると、がん細胞に多く取り込まれ、がん細胞の解糖系を阻害するので、ブドウ糖の代謝によるエネルギー産生と物質合成を阻害することになります。
2-DGががん細胞内に多くトラップされることを利用した検査法がPETです。PETは「ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(Positron Emission Tomography)」の略で、日本語では陽電子放射線断層撮影といいます。
2-DGの2位の水素原子(つまり、グルコースの2位のOH基)を陽電子放出同位体フッ素18(18F)で置換された18F-フルオロデオキシグルコース(FDG)という薬剤を注射した後、それをPET装置で撮影し、FDGの集まり方を画像化して診断するものです。多くのがんは、グルコース取り込みおよびヘキソキナーゼレベルが上昇しているため、がん細胞にFDGが集まるのです。
2-DGは優先的にがん細胞に取り込まれ、解糖系やペントース・リン酸経路を阻害して、乳酸産生を減少させ、がん細胞を内部から崩壊させることができるのです。

図:2-デオキシ-D-グルコース(2-Deoxy-D-glucose)は、グルコース(ブドウ糖)の2位の水酸基(OH)が水素原子(H)に置換された物質(グルコース誘導体)で、がん細胞はグルコースの取込みが多く、2-DGの取込みも多い(①)。2-DGががん細胞内に多く取り込まれることを利用した検査法がPET(Positron Emission Tomography)(②)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコース・トランスポーター(GLUT1)によって細胞内に取り込まれる(③)。がん細胞はGLUT1の発現量が増え、グルコースと同時に2-DGも多く取り込む。2-DGはヘキソキナーゼで2-DG-6-リン酸(2-DG-6-PO4)に変換されるが、それ以上代謝されない(④)。がん細胞はフォスファターゼの活性が低いので、2-DG-6-リン酸ががん細胞内に蓄積する(⑤)。2-DG-6-リン酸はヘキソキナーゼをフィードバック阻害(アロステリック阻害)するので、 2-DG-6-リン酸を取り込んだがん細胞はグルコースの解糖系での代謝が阻害される(⑥)。その結果、がん細胞のエネルギー産生と物質合成は阻害されることになり、ATPが枯渇する(⑦)。2-DGは小胞体でのタンパク質のN-グリコシル化(糖鎖の結合による修飾)を阻害し、折り畳みの不完全な異常タンパク質(unfolded protein)を増やして小胞体ストレスを引き起こす(⑧)。その結果、がん細胞は死滅しやすくなり、抗がん剤感受性が亢進する(⑨)。

【重炭酸ナトリウムは食品や医薬品として利用されている】

重炭酸ナトリウム(sodium bicarbonate)重炭酸ソーダ(略して重曹)炭酸水素ナトリウム(sodium hydrogen carbonate)とも呼ばれます。 日本語では、炭酸水素ナトリウムや重曹の呼び名が多いようですが、英文の論文ではほとんどがsodium bicarbonateとなっていますので、ここでは「重炭酸ナトリウム(sodium bicarbonate)」や重曹を使っています。
化学式は NaHCO3で表わされます。ナトリウムの炭酸水素塩です。
重炭酸ナトリウムは加熱によって二酸化炭素を発生する性質を利用してベーキングパウダーとして調理に使用されます。口中で炭酸ガスを発生させるソーダ飴などには粉末で封入されます。 水に重炭酸ナトリウムとクエン酸を混ぜると炭酸ガスが発生し炭酸水となるので、飲料の材料としても用いられます。砂糖を加え「サイダー」にしたり、レモンを加え「レモンソーダ」にするということもできます。
医薬品としては、胃酸過多に対して制酸剤として使われたり、酸性血症(アシドーシス)の治療に使われています。過剰に摂取するとナトリウムの過剰摂取が問題になりますが、適切な量であれば、安全性の高い化合物です。
重炭酸ナトリウムは水素イオン(プロトン)と反応して、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)になります。この反応を利用して、がん組織に多く蓄積している水素イオンを除去してがん組織の酸性化を阻止することができます。 このような重炭酸ナトリウム(重曹)を摂取するがん治療の有効性を示す報告が増えています。

図:重炭酸ナトリウムを経口摂取すると、血中に入った重炭酸イオン(HCO3-)ががん組織に蓄積している水素イオン(プロトン)と反応して二酸化炭素(CO2)と水(H2O)になり、二酸化炭素は呼気に排出され、水は血液に拡散する。この反応によってがん組織の酸性化を抑制できる。

図:がん細胞は解糖系によるグルコース代謝が亢進して乳酸と水素イオン(H+)の産生量が増える。細胞内の酸性化は細胞にとって障害になるので、細胞は液胞型ATPアーゼ(V-ATPase)やモノカルボン酸トランスポーター(MCT)やNa-H 交換輸送体1(NHE1)などの仕組みを使って、細胞内の乳酸や水素イオンを細胞外に排出する。その結果、がん細胞の周囲はpHが低下してがん組織は酸性化している。組織が酸性化すると、免疫細胞の働きが抑制され、血管新生が促進し、がん細胞の浸潤や転移も促進される。重曹(重炭酸ナトリウム)を経口摂取すると、がん細胞外の水素イオン(プロトン)と反応してがん組織の酸性化を抑制できる。

【重炭酸ナトリウムは食品や医薬品として利用されている】

がん組織の酸性化はがん細胞の浸潤や転移を促進します。重炭酸ナトリウム(重曹)を経口摂取するとがん細胞の浸潤や転移を抑制できることが動物実験で報告されています。以下のような報告があります。

Bicarbonate Increases Tumor pH and Inhibits Spontaneous Metastases.(重炭酸ナトリウムは腫瘍のpHを高めて転移を阻止する)Cancer Res. 2009 Mar 15; 69(6): 2260–2268.

【要旨の抜粋】
がん細胞における解糖によるグルコース代謝の亢進と、がん組織では血液やリンパ液の循環が悪いので、がん細胞の外側に水素イオンが蓄積し、その結果、固形がんの周囲は酸性になっている。
培養細胞や動物実験で、組織の酸性化は、がん細胞の浸潤や転移を促進することが明らかになっている。
本研究では、マウスの動物実験モデルを用いて、腫瘍組織の酸性化の阻止ががん細胞の転移を抑制できるかどうかを明らかにする目的で行った。
転移性乳がんのマウスの実験モデルを用いて、重炭酸ナトリウム(NaHCO3)を担がんマウスに経口で投与すると、腫瘍組織のpHは上昇し(アルカリ化し)、自然発生的な転移の形成が減少した。
この治療法はがん細胞外のpHを有意に上昇させ、細胞内pHは上昇させなかった。
重炭酸ナトリウム治療は、血中を循環するがん細胞の数を減らすことはなかった。 一方、がん細胞を脾臓内に注入して肝臓転移を起こす実験系で、肝臓転移が有意に減少した。これは、がん細胞の血管外遊出と着床の段階を阻止していることを示唆している。

この実験では、重炭酸ナトリウムの摂取が血中のpHを上げることはなく、また原発腫瘍の増殖を抑制することは認めませんでした。ただし、転移の発生を有意に抑制しました
がん組織の酸性化はカテプシンBなどの細胞外マトリックスを分解するタンパク分解酵素を活性化する作用があるので、転移の過程を促進すると考えられています。 経口で重炭酸ナトリウムを摂取すると、酸性化したがん組織がアルカリ性になるので、転移が抑制されるという機序です。
この実験では、コントロールのがん組織のpHは7.0 ± 0.11で、重炭酸ナトリウムを投与したマウスのがん組織のpHは7.4 ± 0.06でした。 細胞内pH(pHi)はコントロール群が7.1 ± 0.09で、重炭酸ナトリウムを投与したマウスのがん細胞では7.0 ± 0.06で有意な差は認めていません。
同じマウスの正常組織(後脚の筋肉組織)の細胞内pHは7.22 ± 0.04、細胞外pHは7.40 ± 0.08で、重炭酸ナトリウムの投与で影響を受けませんでした。
このマウスを使った実験では、200 mmol/Lの濃度の重炭酸ナトリウム(NaHCO3)が入った飲料水を自由摂取で与えています。 重炭酸ナトリウムの分子量は84ですので、200mmol/Lは16.8g/Lを自由摂取しています。 マウスは人間に比べて体重当たりの飲水摂取量が5〜10倍くらいあります。エサも体重当たりで換算すると5〜10倍くらいです。 この実験では1日の飲水摂取量は4.2 ± 0.2 mLでした。マウスの体重は20g程度ですので、体重の5分の1程度の水を1日に飲みます。60kgの人間で12リットルに換算されます。 ネズミと人間は体重当たりの代謝率が異なり、小さい動物ほど体重当たりの飲水やエサの摂取量は多くなります。
標準代謝量は体重の3/4乗(正確には0.751乗)に比例する
という法則があり、一般にマウスの体重当たりのエネルギー消費量や薬物の代謝速度は人間の約7倍と言われています。体表面積ではほぼ同じになります。
このような計算では、この実験でマウスが摂取した重炭酸ナトリウムは体表1m2当たり、1日に9.4gになります。 9.4 g/m2/dは70kgの人間で1日12.5gになるとこの論文の考察に記述されています。

【重炭酸ナトリウムはpH緩衝剤として安全に利用できる】

上記の論文と同じCancer Researchの同じ号に以下のような論文も掲載されています。

The Potential Role of Systemic Buffers in Reducing Intratumoral Extracellular pH and Acid-Mediated Invasion.(腫瘍組織内の細胞外酸性化と酸誘導性の浸潤の軽減における全身性緩衝剤の可能性)Cancer Res. 2009 Mar 15; 69(6): 2677–2684.
【要旨】
正常組織に比べてがん組織の細胞外pHは低下(酸性化)しており、この細胞外pH(pHe)の酸性化ががんの原発巣や転移巣において増殖や浸潤を促進していることは多くの研究によって示されている 。
この研究は、pH緩衝剤を全身性に投与することによってがん組織内およびがん組織周囲の酸性化を軽減し、がん細胞の増殖と悪性進展を阻止できるという仮説を検証するために行った。
生体内において全身性のpH緩衝剤によって腫瘍組織の細胞外pH(pHe)を高めるために必要な投与量を決めるのにコンピューターシュミレーションを利用し、この目的に適する化合物を探索した。
重炭酸ナトリウム(NaHCO3)が通常の臨床試験で使用されている量の摂取によって、この目的に利用できることを明らかにした。 さらに、腫瘍組織の酸性化の軽減が、血液や正常組織のpHに影響することなく、腫瘍の増大と浸潤を有意に抑制することを認めた。
ある物質のpHの緩衝作用の有効性を決める重要な要素はそのpKa(酸解離定数)である。 重炭酸ナトリウム(NaHCO3)のpKaが6.1であり、これは細胞外のpH緩衝剤としては理想とは言えない。
細胞外pH(pHe)を高めるためには、pKaが7に近いものがより有効である。
がん組織のpHeを高め、がん細胞の増殖・浸潤を阻害する目的で全身性のpH緩衝剤を利用することは有用である。

正常細胞の細胞外のpHは7.2〜7.4で、がん細胞の細胞外pHは6.6〜7.0と酸性化していますこのがん組織の酸性化を中和して酸性度を低下させる全身性のpH緩衝剤の服用はがん治療に有効に作用することが明らかになっています
理想的なpH緩衝剤はpKa(酸解離定数)が7に近いものが良く、重炭酸ナトリウム(NaHCO3)のpKaが6.1であるため、まだより有効性の高いものがないか探索しています。
しかし、他のバッファー(pH緩衝剤)では、副作用などの観点から、現時点では重炭酸ナトリウム(重曹)が最も使いやすいという考察です。
重炭酸イオンは水素イオンと反応して二酸化炭素(呼気から排出)と水(血液に拡散)になるので、副作用は起こりにくいという理由のようです。
重炭酸イオンは体内で生理的なpH緩衝剤として働いており、人工的なpH緩衝剤は長期間の服用には安全性が問題があるということです。
重曹は食品や医薬品として利用され、1日10〜20グラム程度でがん組織の酸性化の軽減に有効に作用し、この程度の量であれば、長期に使用しても安全性に問題がないことが知られているからです。
この論文では、血中の重炭酸イオン(HCO3-)の上昇は、血液のpHには影響せずに、がん組織とがん組織周辺の酸性血症(アシドーシス)を正常化することを確認しています。
重炭酸ナトリウムは血液のような正常なpH(7.35–7.45)をアルカリ化することはせずに、酸性化したがん組織(pHが6.6〜6.9)は正常なpHに向けて緩衝作用を示すことが示されています
この論文では、70kgの人間換算で1日37gの重炭酸ナトリウムの摂取で行っています。 この論文の考察では、重炭酸ナトリウムの1日の推奨量は25から50グラム程度を推奨しています。 この程度の投与量は、尿細管性アシドーシスや鎌状赤血球症などの治療で、長期間(1年以上)使用されており、安全性には問題ないと記述されています。
さらに、この論文では、79歳の全身転移のある腎臓がんの患者の例を記載しています。 最初の抗がん剤治療が無効だったために、その患者さんは標準治療を中止し、ビタミンやサプリメントと一緒に60gの重炭酸ナトリウムを摂取する代替医療を自分で開始しました。そして、この論文を投稿するまでの10ヶ月間、がんの進行は止まって、病状が安定しているという症例を紹介しています。

【重炭酸ナトリウムは発がん過程を抑制する】

以下のような論文があります。

Systemic Buffers Inhibit Carcinogenesis in TRAMP Mice.(全身性のpH緩衝はTRAMPマウスの発がんを阻害する)J Urol. 2012 Aug; 188(2): 624–631.

がん組織の微小環境において、組織の低酸素や酸性化が発がん過程を促進することが知られています。さらに、がん組織の低酸素や酸性化が、がん細胞の浸潤性や転移を促進することが報告されています。
そこで、初期のがん組織の段階で、pH緩衝剤(重炭酸ナトリウム)を使って、がん組織の酸性化を阻止すると、がんの進行や浸潤性の性質が抑えられるかどうかを検討する目的で実験が行われています。
低酸素はグルコースの解糖系への代謝への移行を促進し、乳酸と水素イオン(プロトン)の産生を増やして、がん組織の酸性化を促進します。がん組織の酸性化はさらに、がん細胞の浸潤や転移を促進します。その結果、初期のがんが進行がんになっていきます。
TRAMPマウスは、発がんたんぱく質のSV40抗原を発現させることによって自然発症の前立腺がんを発生させることができる遺伝子改変マウスです。 がん予防効果のある成分の探索などにも使われます。 この前立腺がんを自然発症するマウスを用いて、重炭酸ナトリウムを経口投与すると、がんの発生が予防できるかどうかを検討しています。
重炭酸ナトリウムの投与は200mMの濃度で重炭酸ナトリウムを溶かした飲水の自由摂取を4週齢と10週齢から開始しています。
コントロール群(重炭酸ナトリウム非投与)ではTRAMPマウスの18匹全てで、平均13週齢で、3次元超音波検査で前立腺がんの発生を認めました。全てのマウスが52週齢以内(中央値37週齢)に死亡しました。
重炭酸ナトリウムの投与を6週齢以前に開始した10匹のマウスでは、全てが76週以上まで生存し、超音波検査で前立腺がんの発生は認めませんでした。解剖による前立腺の組織学的検査では、前立腺組織の過形成(hyperplasia)は認めましたが、70%にはがんは認めず、のこり30%では高分化型の小さな前立腺がんが認められました。
重炭酸ナトリウムの摂取を6週以降に開始した9匹のTRAMPマウスでは、前立腺がんの発生はコントロール群と同じでした。
つまり、重炭酸ナトリウムの摂取を早い段階から開始すれば、前立腺がんの自然発症モデルのTRAMPマウスの発がんを抑制できるという結果です。 全身性のpH緩衝剤としての重炭酸ナトリウムが、初期のがんから浸潤性のがんへの進展を抑制できるという結果です。
この実験系で6週齢以前に重炭酸ナトリウムの摂取を開始するとがんの発生を阻止して天寿まで生きれるという結果です。 TRAMPマウスはがんウイルス抗原のSV40たんぱく質を発現させて強力に発がんさせるモデルなので、がんの発生を完全に抑制できる効果は、かなり強いがん予防効果と言えます。
この論文では、マウスに投与した重炭酸ナトリウムの量は人間に換算すると1日約0.4g/kgと記載されています。60kgで24グラムです。 この投与量は鎌状赤血球症の臨床試験で1年以上の投与が行われています。 しかし、人間でがん予防の目的での臨床試験には使うのか困難かもしれません。 人間でのがん予防効果の評価には数年以上の長期間の試験が必要だからです。 しかし、もっと安全で有効なpH緩衝剤が開発できれば、長期のがん予防試験にも利用できるかもしれないと言っています。

【重炭酸ナトリウムはmTORC1阻害剤の効き目を高める】

以下のような論文があります。

Acidic tumor microenvironment abrogates the efficacy of mTORC1 inhibitors.(腫瘍組織の酸性の微小環境はmTORC1阻害剤の効果を阻害する)Mol Cancer. 2016 Dec 5;15(1):78.

mTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)はセリン・スレオニンキナーゼ(タンパク質のセリンやスレオニンをリン酸化する酵素)の一種で、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たしています。

栄養摂取やインスリン、成長ホルモン、IGF-1、サイトカインなどの増殖刺激が細胞に作用すると、それらの受容体などを介してPI3キナーゼ(Phosphoinositide 3-kinase:PI3K)というリン酸化酵素が活性化され、これがAkt(別名:Protein Kinase B)というセリン・スレオニンリン酸化酵素をリン酸化して活性化します。 活性化したAktは、細胞内のシグナル伝達に関与する様々な蛋白質の活性を調節することによって細胞の増殖や生存(死)の調節を行います。このAktのターゲットの一つがmTORC1というわけです。 
Aktによってリン酸化(活性化)されたmTORC1は細胞分裂や細胞死や血管新生やエネルギー産生などに作用してがん細胞の増殖を促進します(下図)。

図:増殖刺激が細胞に作用すると、PI3Kが活性化され、その下流に位置するAktの活性化、mTORC1の活性化と増殖シグナルが伝達される。mTORC1の活性化はがん細胞の発生や増殖や転移を促進する方向で働く。ラパマイシンはmTORC1の活性を直接阻害することによって抗がん作用を発揮する。

がん細胞や肉腫細胞の多くにおいてmTORC1が活性化されているため、mTORC1阻害剤は抗がん剤として有効性が高く、すでに幾つかのmTOR阻害剤が開発され、抗がん剤として使用されています。

テムシロリムス(Temsirolimus、商品名トーリセル)はラパマイシン誘導体で、静脈内投与可能なmTOR阻害剤です。経口mTOR阻害剤としてエベロリムス(商品名アフィニトール)が承認されています。

この論文では、ラパマイシンを使って実験しています。 マウスの移植腫瘍を使った実験で、がん組織の微小環境が酸性だとラパマイシンの抗がん作用は減弱するということです。 そして、重炭酸ナトリウムをマウスに摂取させて、がん組織の微小環境の酸性度を低下させるとラパマイシンの抗腫瘍効果は増強しました。
重炭酸ナトリウムとラパマイシンをそれぞれ単独で投与した場合に比べて、両者を併用して投与すると、移植腫瘍はほとんど消滅するくらいの抗腫瘍効果を示しています。
この実験でも、重炭酸ナトリウムは200mmol/Lの濃度の飲水を自由摂取で投与しています。 弱アルカリ性の抗がん剤(ドキソルビシンなど)も重炭酸ナトリウムは抗がん剤の細胞内取込みを促進して抗腫瘍効果を高めると記述しています。

【重炭酸ナトリウムによるがん組織のアルカリ化は免疫療法の効き目を高める】

免疫療法として注目されているオプジーボやヤーボイや養子免疫療法のときに、重曹(重炭酸ナトリウム)治療を併用する価値はありそうです。以下のような報告があります。

Neutralization of Tumor Acidity Improves Antitumor Responses to Immunotherapy.(腫瘍組織の酸性度の中性化は免疫療法の抗腫瘍応答を改善する)Cancer Res. 2016 Mar 15;76(6):1381-90.

【要旨】
免疫チェックポイント阻害剤や養子T細胞療法のようながんの免疫療法は、臨床効果を発揮する場合もあるが、まだ解明されていない抑制メカニズムの存在によって、その有効性は低い。
固形がんの微小環境は高度に酸性化している特徴があり、この環境が抗腫瘍免疫の効果を妨げている可能性がある。 この研究においては、免疫療法における腫瘍組織の酸性化の影響を検討した。
培養細胞を使った実験で、pHが酸性の条件では、T細胞の活性化が阻害され、解糖によるグルコース代謝が抑制された。 酸性pHによるインターフェロン-γの産生阻害は、mRNA転写のレベルではなく、たんぱく質の翻訳後の阻害であることが示された。
がん組織の酸性化は細胞内pHには影響しない。これは、細胞膜に発現している特殊なpH感受性受容体が細胞外の酸性化を感知して細胞内にシグナルを送ることを示唆している。T細胞にはこのようなpH感受性受容体が4種類発現している。
注目すべきことに、マウスにがん細胞を移植した実験系で、重炭酸ナトリウム治療で腫瘍の酸性度を中和すると、移植腫瘍の増殖が抑制され、この腫瘍組織内でTリンパ球の浸潤の増加が認められた。 さらに、抗CTLA-4抗体や抗PD1抗体による治療や養子T細胞療法に重炭酸治療を併用すると、多くの実験モデルにおいて抗腫瘍応答を増強し、いくつかの実験系ではがんが治癒した
以上の結果から、pHをアルカリ化する緩衝剤を経口摂取することによって腫瘍組織内のpHを高めることは、免疫療法の効果を高めることができる。速やかに臨床で使用する価値がある。

 

細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)は抗原提示細胞(樹状細胞やマクロファージ)から抗原を提示されると活性化されて、敵(病原菌やがん細胞など)を攻撃します。
 細胞傷害性T細胞にはPD-1やCTLA-4という受容体が存在します。PD-1はプログラム細胞死1(programmed death-1)、CTLA-4は細胞傷害性Tリンパ球抗原-4 (cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4)の略です。

これらの受容体のリガンド(受容体に結合して作用する物質)となるPD-L1やB7(B7-1, B7-2)を抗原提示細胞が持つことによって細胞傷害性T細胞の働きを抑制しています。
つまり、PD-1受容体やCTLA-4受容体がリガンドによって刺激されると、T細胞の増殖が停止し細胞死を来すことになります。 このようにして細胞傷害性T細胞の過剰な応答を制御しています。

細胞傷害性T細胞の働きを阻害するPD-L1やB7はがん細胞にも発現しています。つまり、がん細胞は免疫系の制御システムを利用して、がん組織内の細胞傷害性T細胞の働きを阻止しています。
 PD-1受容体やCTLA-4受容体は細胞傷害性T細胞を死滅させるスイッチなようなものなので、これらのスイッチが入らないようにすれば、細胞傷害性T細胞は生き残ってがん細胞の攻撃力を高めることができます。

CTLA-4に対する抗体(ヒト型抗ヒトCTLA-4モノクローナル抗体)のイピリブマブ(ipilimumab、米国での販売名 : YERVOY)はT細胞のCTLA-4の働きを阻止することで、腫瘍抗原特異的なT細胞の活性化と増殖を促して腫瘍増殖を抑制する作用を発揮します。 

PD-1の阻害薬としてはヒト型抗PD-1モノクローナル抗体のニボルマブ(nivolumab商品名「オプジーボ(Opdivo)」)があります。
 これらは免疫チェックポイント阻害剤と言います。
体に備わったがん細胞に対する攻撃力を高めてがんを治療しようというのが「がんの免疫療法」の理論です。「免疫細胞を活性化する」という従来の免疫療法では、十分な効果が得られなかったのですが、その大きな理由は免疫応答にブレーキをかける仕組みの存在であることが明らかになってきました。このブレーキを解除して免疫細胞に100%の力でがん細胞を攻撃させようというのが、CTLA-4やPD-1/PD-L1をターゲットにした治療法です。
しかし、がん組織が酸性化していると、細胞傷害性T細胞の働きは低下します。pHが低いという状況が細胞の働きを弱めるからです。
ナチュラルキラー細胞(NK)活性が酸性の条件では低下することが報告されています。 NK細胞は細胞傷害性リンパ球の1種で、細胞を殺すのにT細胞とは異なり事前に感作させておく必要がないということから、生まれつき(natural)の細胞傷害性細胞(killer cell)という意味で名付けられています。腫瘍細胞やウイルス感染細胞の拒絶に重要な働きを担っており、NK細胞活性を高めることはがん細胞の排除に有効です。 以下のような報告があります。

Natural killer-cell activity under conditions reflective of tumor micro-environment.(腫瘍組織の微小環境を反映する条件下でのナチュラルキラー細胞の活性) Int J Cancer. 1991 Jul 30;48(6):895-9.

この論文では、がん組織の微小環境の特徴である低酸素分圧、低グルコース濃度、酸性といった条件で、がん組織に存在するナチュラルキラー細胞の活性がどのように影響を受けるかを検討しています。
低酸素(1% O2)や低グルコース濃度(6mg/dl)はNK活性を低下させませんでしたが、無酸素(0% O2)と酸性条件(pHが6.4または6.7)ではNK活性が顕著に低下することが報告されています。
したがって、がん組織の酸性化を軽減する重炭酸ナトリウムの摂取を併用すると、オプジーボやヤーボイなどの免疫チェックポイント阻害剤や活性化したT細胞を点滴する養子免疫療法やNK(ナチュラルキラー)細胞療法など、免疫療法を行うときには重曹療法を併用する価値はあります。極めて安価な方法で、高額な治療の効果を高めることができます。

【がん組織における乳酸産生と酸性化を抑制する治療を組み合わせるがん治療】

乳酸もがんの進展や免疫細胞の抑制に重要です。以下のような報告があります。

Functional polarization of tumour-associated macrophages by tumour-derived lactic acid.(腫瘍由来の乳酸による腫瘍関連マクロファージの機能的極性化) Nature. 2014 Sep 25; 513(7519): 559–563.

腫瘍細胞が産生する乳酸が血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の発現を亢進し、腫瘍関連マクロファージをM2型に誘導します。 がん組織に浸潤したマクロファージをTAM(tumor-associated macrophage;腫瘍関連マクロファージ)と言い、血管新生、増殖因子産生、免疫抑制、転移促進などのさまざまな機能により発がん・悪性化を促進する働きをしています。
活性化したマクロファージから産生されるプロスタグランジンE2や炎症性サイトカインはがん細胞を悪化させ、抗腫瘍免疫を抑制してがん細胞の増殖を促進し、転移や再発を促進することが明らかになっています。
血中を循環する単球は、皮膚などの末梢組織に入るとマクロファージとよばれる細胞に分化します。マクロファージはM1型とM2型に分けられます。
M1型はがん細胞を攻撃する作用がありますが、炎症と組織傷害を進める作用があります。一方、M2型は炎症を収束させるように働きますが、CTL活性を抑制して抗腫瘍免疫を阻止する作用を持っています。
がんの免疫療法の効果を高めるためにはM1型を亢進し、M2型を抑制することが重要と考えられています。 乳酸はM1型マクロファージを阻害し、M2型マクロファージを亢進するという結果です。その結果、CTL(細胞傷害性T細胞)の活性は抑制され、抗腫瘍免疫は低下します。
したがって、乳酸の産生抑制は免疫細胞の働きを高めます。 したがって、がん細胞の解糖系を阻害する2-デオキシ-D-グルコースジクロロ酢酸ケトン食、がん細胞外への水素イオン(プロトン)の排出を阻害する胃潰瘍治療薬のプロトンポンプ阻害薬、そして、今回紹介した重曹(重炭酸ナトリウム)治療の併用は、抗がん剤治療や免疫療法と併用する価値はあります。
重曹(重炭酸ナトリウム)は医薬品レベルのものもネットで購入できます。体重1kg当たり1日に0.4gを目安に摂取すると良いと思います。がんが大きいときは、副作用がなければもう少し増量しても問題ありません。プロトンポンプ阻害剤やジクロロ酢酸などを併用すれば、かなりの効果が期待できます。

図:がん細胞内では解糖系が亢進して乳酸と水素イオン(プロトン)の産生が亢進している。がん細胞内での酸性化を回避するため、液胞型プロトンATPアーゼ(V-ATPase)などのイオンポンプやトランスポーターなどを使ってプロトンを細胞外に排出している。その結果、がん組織が酸性化する。がん組織の酸性化はがん細胞の浸潤・転移を促進し、血管新生を誘導し、抗がん剤の効き目を弱め、免疫細胞の働きを弱めるなどの機序によって、がんを悪化させる。胃酸分泌阻害剤のプロトンポンプ阻害剤はV-ATPaseを阻害してがん組織の酸性化を抑制する。ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害することによってピルビン酸脱水素酵素を活性化し、ミトコンドリアでの代謝を亢進し、解糖系を抑制し、乳酸とプロトンの産生を減らす。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)とケトン食はグルコースの取込みと解糖系を抑制して乳酸とプロトンの産生を抑制する。重炭酸ナトリウムは水素イオンと反応して二酸化炭素と水にしてプロトンを減らす。これらの方法でがん組織の酸性化を阻止すると、抗がん剤治療や免疫療法が良く効くようになる。


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