2-デオキシ-D-グルコースに関する医学情報

【2-デオキシ-D-グルコースはグルコース(ブドウ糖)の誘導体】

2-デオキシ-D-グルコース(2-Deoxy-D-glucose)は、グルコース(ブドウ糖)の2位の水酸基(OH)が水素原子(H)に置換された物質(グルコース誘導体)です。2-デオキシグルコース(2-DG)はグルコースと同じようにグルコース輸送体(グルコース・トランスポーター)のGLUT1を利用して細胞内に取り込まれます。
グルコースと2-DGは細胞内に入るとヘキソキナーゼ(Hexokinase)によってリン酸化され、グルコース-6-リン酸あるいは2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸(2-DG-6-リン酸)に変換されます。リン酸化されるとグルコース・トランスポーター(GLUT1)を通過できないため細胞外へ出れなくなります。このヘキソキナーゼによる6位のリン酸化は解糖系によるグルコースの代謝の最初のステップで、細胞内に取込んだグルコースを細胞内にとどめておく目的があります。
リン酸化反応後は、グルコース-6-リン酸はさらに解糖系で代謝されてエネルギー産生に使われ、ペントース・リン酸経路で核酸などの物質合成の材料としても利用されます。
しかし、2-DG-6-リン酸は、解糖系酵素で代謝できないため、細胞内に蓄積します。グルコース-6-リン酸や2-DG-6-リン酸を脱リン酸化するフォスファターゼが糖新生を行う肝臓や腎臓の細胞にはありますが、多くのがん細胞はフォスファターゼの活性が低いので、一旦入った2DGは2DG-6-リン酸に変換されたあとは細胞外に出ることができず、さらにそれ以上代謝されることもできないので、2-DG-6-リン酸の状態でどんどん蓄積します。
2-DGによってエネルギー産生が低下するとそのストレス応答によってグルコーストランスポーターの発現がさらに増え、2-DGの取り込みをさらに増やすことにもなります。したがって、がん細胞は正常細胞に比べてより2-DGの取込みが増えます。
細胞内で蓄積した2-DG-6-リン酸はヘキソキナーゼとヘキソース・フォスフェート・イソメラーゼを阻害します(拮抗阻害)。
したがって、2-DGを経口摂取すると、がん細胞に多く取り込まれ、がん細胞の解糖系を阻害するので、グルコースの代謝によるエネルギー産生と物質合成を阻害することになります。(下図)

図:2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコース・トランスポーター(GLUT1)によって細胞内に取り込まれる。がん細胞はGLUT1の発現量が増え、グルコースと同時に2-DGも多く取り込む。2-DGはヘキソキナーゼで2-DG-6リン酸に変換されるが、それ以上代謝されない。がん細胞はフォスファターゼの活性が低いので、2-DG-6-リン酸ががん細胞内に蓄積する。2-DG-6-リン酸はヘキソキナーゼをフィードバック阻害するので、 2-DG-6-リン酸を取り込んだがん細胞はグルコースの解糖系での代謝が阻害される。その結果、がん細胞のエネルギー産生と物質合成は阻害されることになる。

2-DGががん細胞内に多くトラップされることを利用した検査法がPETです。PETは「ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(Positron Emission Tomography)」の略で、日本語では陽電子放射線断層撮影といいます。
2-DGの2位の水素原子(つまり、グルコースの2位のOH基)を陽電子放出同位体フッ素18(18F)で置換された18F-フルオロデオキシグルコース(FDG)という薬剤を注射した後、それをPET装置で撮影し、FDGの集まり方を画像化して診断するものです。多くのがんは、グルコース取り込みおよびヘキソキナーゼレベルが上昇しているため、がん細胞にFDGが集まるのです。(下図)

図:18F-フルオロデオキシグルコース(18F-FDG)はグルコース(ブドウ糖)の2位の水酸基を陽電子(Positron)放出核種であるフッ素18で置換した誘導体。がん細胞は正常細胞の3〜8倍ものグルコースを取り込んで消費している。グルコースと同様に、がん細胞は18F-FDGの取り込みも多いので、18F-FDGを注射してがん組織を検出することができる。この検査を陽電子放出断層撮影(Positron Emission Tomography: 略してPET)と言う。

【グルコースの取込みが多いがん細胞は増殖活性が高い】

一般的にグルコースの取込みの多いがん細胞ほど増殖が早く、悪性度が高く、予後が悪いと言えます。 取り込まれたグルコースがエネルギー産生と細胞を構成する成分の合成に使われるからで、グルコースの取込みが多いことは増殖活性が高いことを意味します。
したがって、がん細胞におけるグルコースの取込みや解糖系での代謝を阻害するとがん細胞の増殖活性を低下させることができます。 また、抗がん剤治療や放射線治療にグルコースの取込みや解糖系を阻害する治療を併用すると、抗がん剤や放射線治療の効き目を高めることができます。 がん細胞が抗がん剤や放射線でダメージを受けても、エネルギー(=ATP)と細胞成分を作る材料、すなわちグルコースが十分に供給されておれば、ダメージを修復して増殖を続けることができます。しかし、がん細胞におけるグルコースの取込みや利用を阻害すれば、ダメージを修復することができません。 グルコースの取込みやエネルギー産生過程を阻害する方法は、抗がん剤や放射線に対するがん細胞の感受性を高める効果が期待でき、がん治療の重要なターゲットになっています。(下図)

(上)がん細胞はグルコースの取込みと代謝(解糖系とペントース・リン酸経路)が亢進してATP産生と細胞を構成する物質(細胞膜や核酸など)の合成が亢進している。抗がん剤や放射線照射によって細胞がダメージを受けても、ATP産生と物質合成が十分であれば、ダメージを修復して増殖活性を維持できる。
(下)グルコースの取込みや代謝が阻害されると、ダメージの修復に必要なATPも物質合成も行えなくなる。そうなると抗がん剤や放射線で受けたダメージを修復できないので、細胞死をきたすことになる。

【2-DGで解糖系を阻害するとがん細胞は死滅する】

2-DGはグルコース(ブドウ糖)と同じグルコース輸送担体(グルコース・トランスポーター)のGLUT1を利用してがん細胞内に取り込まれ、解糖系の最初のステップのヘキソキナーゼによって2-DG-6リン酸に変換されます。2-DG-6リン酸はその次の解糖系酵素では代謝できないため細胞内でどんどん蓄積します。細胞内に蓄積した2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼをフィードバック阻害するので、正常のグルコースの代謝も阻害されます。フィードバック阻害というのは、酵素反応で反応生成産物が多くできると、その反応を止めるために生成物が酵素を阻害する作用のことです。
2-DGを取り込んでエネルギー産生が低下するとそのストレス応答によってグルコーストランスポーター(GLUT1)の発現がさらに増え、2-DGの取り込みをさらに増やすことになります。したがって、がん細胞には正常細胞に比べてより多くの2-DGが取込まれ、エネルギー産生と物質合成の阻害による影響はがん細胞で大きくなります。
つまり、2-DGは優先的にがん細胞に取り込まれ、解糖系やペントース・リン酸経路を阻害して、がん細胞を内部から崩壊させることができるのです
2-DGががん細胞の増殖を抑制する効果が指摘されたのは1950年代です。「細胞のエネルギー源であるグルコースの誘導体を取り込ませれば、がん細胞の増殖を抑制できる」というアイデアは、もう60年も前に研究されており、グルコースの誘導体の抗腫瘍活性が検討され、2-DGに強い抗腫瘍効果があることが証明されています。
しかし、2-DGを使ったがん治療は、その後あまり注目されなかったようです。その理由の一つは、んの治療においては、「強い毒性をもった化合物を使ってがん細胞を一掃するような治療法」が1950年代以降は主流になっていたからだと思われます。 そのため、「エネルギー産生経路を阻害してがん細胞の増殖を低下させる」というようなアイデアは注目されなかったのかもしれません。
しかし、ワールブルグ効果が再評価されるようになり、がん細胞のエネルギー産生と物質合成を阻害する方法として、2-DGにも注目が集まるようになり、多くの動物実験で抗腫瘍効果が証明され、人間での臨床試験も実施されるようになったということです。

【2-デオキシ-D-グルコースは抗がん剤治療や放射線治療の効き目を高める】

2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はがん細胞の解糖系を阻害するので、がん細胞の増殖速度を低下させる効果がありますが、2-DG単独ではがん細胞を死滅させる作用は弱いと言わざるをえません。
今まで、動物実験や人間での研究が報告されていますが、2-DGの投与だけでは十分な抗腫瘍効果は得られていません。がん細胞のグルコースを完全に枯渇させることが現実的に困難だからです。
しかし、がん細胞のエネルギー産生や物質合成の経路を阻害すると、抗がん剤や放射線に対するがん細胞の感受性が高まります。つまり、抗がん剤治療や放射線治療の時に2-DGを服用すると、それらの抗腫瘍効果を高めることができます。以下のような報告があります。

A phase I dose-escalation trial of 2-deoxy-D-glucose alone or combined with docetaxel in patients with advanced solid tumors.(進行した固形がんの患者における2-デオキシ-D-グルコースの単独およびドセタキセル併用の第1相用量増加試験) Cancer Chemother Pharmacol. 71(2):523-30, 2013年
【論文内容の要約】
この第1相試験は、進行した固形がんの患者34人を対象にして、解糖系阻害剤の2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)の単独およびドセタキセルを併用した場合の、安全性と薬物動態と最大耐用量(患者が耐えられる最大投与量)を評価する目的で実施された。 最大耐用量の基準に相当する用量制限性毒性は認めなかった。 最も多い副作用は倦怠感、発汗、めまい、吐き気であり、2-DG投与で予想される低血糖の症状と類似していた。 63mg/kgを臨床的耐用量と決定した。63-88 mg/kgの投与でみられた最も重要な副作用は高血糖(100%)、消化管出血(6%)、可逆性のグレード3の心電図上のQTc延長(22%)であった。 12例(32%)は病状安定(stable disease)、1例(3%)は部分奏功、22例(66%)は病状進行であった。2DGとドセタキセルの薬物動態において相互作用は認めなかった。 結論:週1回のドセタキセル投与との併用療法における2GDの推奨投与量は63mg/kg/day であった。

2-DGを抗がん剤治療と併用する場合の2-DG投与量の一つの目安として、1日に体重1kg当たり63mgという報告です。2-DGはグルコースと競合的に取込まれるため、糖質の摂取が少ない条件では、2-DGの服用量を減らしても抗腫瘍効果が期待できます。つまり、糖質制限食やケトン食を行えば、2-DGの摂取量をかなり減らせます。
2-DGとの併用で効果増強が報告されている抗がん剤として、上記のドセタキセル以外に、ドキソルビシン、5-フルオロウラシル、トラスツズマブ(Trastuzumab;商品名はハーセプチン)、シクロフォスファミドなどもあります。いずれも、それぞれの抗がん剤単独の場合より、2-DGを併用すると抗腫瘍効果が増強することが報告されています。
また、放射線治療との併用においても、2-DGが放射線治療の効果を増強することが報告されています。
多くの臨床試験の結果から、2-DGは1日に体重1kg当たり40〜60mgを服用するのが妥当です。糖質制限やケトン食を実践しているときは1日に体重1kg当たり20〜30mg(体重50kgで1日1〜1.5g)の服用で抗腫瘍効果が期待できます。

【2-デオキシ-D-グルコースは抗がん剤治療や放射線治療の副作用を軽減する】

2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は抗がん剤や放射線に対するがん細胞の感受性を高めるだけでなく、抗がん剤や放射線による正常細胞のダメージを軽減する効果があるという報告があります。以下のような報告があります。

Protection of normal cells and tissues during radio- and chemosensitization of tumors by 2-deoxy-D-glucose. (2-デオキシ-D-グルコースはがん組織の放射線感受性と抗がん剤感受性を高め、正常細胞と組織のダメージを軽減する)J Cancer Res Ther. 2009 Sep;5 Suppl 1:S32-5.

【要旨】
正常組織への毒性はがん治療における重要な制限因子の一つである。正常組織や重要臓器に対するダメージが大きくなるため、抗がん剤や放射線照射の用量を増やすことができない。そのため治療効果も弱くなる。グルコース類縁体の2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は、解糖系を阻害してATP産生を阻害する作用があり、がん細胞に対する抗がん剤や放射線治療の感受性を高めることが、多くのがん細胞種において認められている。さらに、正常細胞に対しては、放射線や抗がん剤からのダメージを軽減することが報告されている。この総説では、正常細胞や正常組織を抗がん剤や放射線から保護する2-DGの作用機序を考察し、このグルコース類縁体ががん治療において有用な補助療法である根拠を示す。

がん細胞は正常細胞に比べてグルコース(ブドウ糖)の取込みが多く、ATP産生や細胞分裂するための物質合成に大量のグルコースを必要としています。したがって、グルコースの取込みや利用を妨げれば、ATP産生や物質合成が低下し、抗がん剤や放射線治療の効き目が高くなります。
がん細胞はグルコーストランスポーターを多く発現しているので、2-DGの取込みも多く、2-DGによるグルコース代謝の阻害作用が著明に現れます。 培養細胞を使った実験や動物にがん細胞を移植した動物実験で、2-DGを投与すると抗がん剤や放射線治療の治療効果が高まることが多くの実験系で確認されています。
さらに動物実験で、2-DGが脳や心臓に対する抗がん剤や放射線のダメージを軽減する作用が認められています。その作用機序についてはまだ十分に解明されていませんが、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化やオートファジーの阻害など複数のメカニズムが示唆されています。 以下のような報告があります。

Caloric restriction mimetic 2-deoxyglucose antagonizes doxorubicin-induced cardiomyocyte death by multiple mechanisms.(カロリー制限と同様の作用がある2-デオキシグルコースはドキソルビシンによる心筋細胞死を複数のメカニズムで阻止する)J Biol Chem. 2011 Jun 24;286(25):21993-2006.

【要旨】
食事からのカロリー摂取を減らすカロリー制限が心血管系の健康状態を良くすることが知られている。グルコース類縁物質の2-デオキシ-D-グルコースはカロリー制限と同様の作用を示すことが複数の動物実験で報告されている。しかしながら、2-DGが心機能に有益な作用を示すかどうかはまだ不明である。
この研究では、抗がん剤で副作用として心筋障害を引き起こすドキソルビシンの投与で引き起こされる心筋細胞死に対して2-DGが抑制作用を示すかどうかを検討した。
新生児ラットの心筋細胞を0.5mMの2-DGで処理すると、ドキソルビシンで誘導される心筋細胞のダメージや細胞死を顕著に抑制した。
2-DGは細胞内ATP量を17.9%低下させたが、ドキソルビシンによって引き起こされる著明なATP枯渇は阻止し、これが2-DGによる心筋細胞死の抑制に寄与していると考えられた。
さらに、2-DGはAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性を高めた。AMPKシグナルの阻害剤(compound Cまたは干渉RNA)を投与すると、2-DGの心筋細胞保護作用は阻止された。
逆に、薬や遺伝子的方法でAMPK活性を増強すると、ドキソルビシンの心筋細胞障害は抑制された。2-DGとAMPK活性化剤を併用すると相加効果は認めなかった(注:両方とも同じ機序でドキソルビシンによる心筋障害を抑制するので、併用しても相加や相乗効果は得られないということ)
さらに2-DGはオートファジー(自食作用)を誘導するが、このオートファジーは細胞内タンパク質の分解であり、その活性化は細胞の状況によって良い場合(細胞障害から保護する)と悪い場合(細胞障害を悪化する)がある。
2-DGはオートファジーを活性化するが、ドキソルビシンによって引き起こされる細胞障害性のオートファジーは阻止した。
以上のことから、カロリー制限と同様な作用を示す2-DGはドキソルビシンで誘導される心筋細胞のダメージや細胞死を阻止することが明らかになり、その作用機序としては、ATP量の維持、AMPKの活性化、ドキソルビシンによって誘導されるオートファジーの阻害など複数のメカニズムが関与していることが示唆された

以上のように、2-DGはがん細胞の増殖を抑制し、がん細胞の抗がん剤感受性や放射線感受性を高め、正常細胞に対しては抗がん剤や放射線のダメージから守る作用があります。
また、抗がん剤や放射線治療に2-DGを併用すると抗腫瘍免疫を誘導できることが報告されています。
(詳しくはこちらへ:抗がん剤/放射線+2-デオキシグルコース → 抗腫瘍免疫

また、がんや感染症に対する免疫応答で重要な記憶キラーT細胞(memory CD8+T cell)の働きを高めるという報告もあります。以下のような論文があります。

Inhibiting glycolytic metabolism enhances CD8+ T cell memory and antitumor function.(解糖系の阻害はCD8+ Tリンパ球の記憶と抗腫瘍作用を亢進する)J Clin Invest. 2013 Oct 1;123(10):4479-88.

抗原と出会う前のT細胞はナイーブT細胞といわれ、この状態では特に何も仕事をしません。 樹状細胞による抗原提示によって活性化されると、ナイーブT細胞は増殖してエフェクターT細胞という仕事をする細胞になります。エフェクター細胞は、病原体やがん細胞を攻撃します。
エフェクター細胞の多くは死滅しますが、一部がメモリーT細胞として残り、長期にわたって体内に維持され、抗原に出会うと直ぐにエフェクター細胞(細胞傷害性T細胞)になって、抗原特異的な免疫応答を起こします。
2-DGはこのメモリーT細胞の数を増やし、抗腫瘍免疫を高めるという報告です。
T細胞のエネルギー産生は、増殖の盛んなエフェクターT細胞では解糖系への依存が高く、増殖活性の低いナイーブT細胞とメモリーT細胞では解糖系への依存は低く、脂肪酸の燃焼によるエネルギー産生に依存しているという特徴があり、そのため、解糖系を阻害する2-DGは免疫記憶を高めるというメカニズムです。

以上のように、2-DGは様々なメカニズムで抗腫瘍作用を示し、特に抗がん剤や放射線治療との併用で、抗腫瘍効果を高めるだけでなく、正常細胞を保護する作用もあるので、がん治療の補完として利用価値は高いと言えます。適切な量を使用すれば抗老化にも有効です。2-DGは老化の進行を遅くしたり寿命を延ばす可能性も報告されています。

【2-デオキシ-D-グルコースの毒性】

2DGの毒性に関しては、マウスの実験では50%致死量は2g/kg以上という報告があります。(Cent Eur J Biol. 5:739–748. 2010年)
人での検討では200mg/kgくらいまでは投与できるという報告があります。
抗がん剤との併用において1日体重1kg当たり40〜60mg程度の投与量が推奨されています
長期投与の安全性は十分に検討されていないため、がんの再発予防の目的ではまだ推奨できませんが、進行がんの治療の目的で抗がん剤などとの併用など短期間の使用に関しては問題無いようです。
2DGとグルコースが競合してがん細胞のエネルギー代謝を阻害するため、糖質制限でグルコースの摂取量を減らせば、2DGは少ない量で阻害作用を発揮できます。ケトン食に2DGを併用すると、がん細胞のグルコース枯渇状態を増強できます。
最も多い副作用は高血糖です。2-DGは細胞内のグルコースの濃度を低下させます。脳の視床下部の神経細胞が細胞内グルコースの低下を感知すると、低血糖状態と勘違いして、脳下垂体のホルモン分泌を制御して血糖を高めるホルモンや伝達物質を出すようになるため高血糖になるようです。一方、服用量が多いと低血糖のような症状(倦怠感や脱力)を感じます。
がん細胞の多く取込まれるため、低血糖症状が起こらないレベルで服用量を調節することが重要です。
2-デオキシ-D-グルコースは1g当たり500円程度で購入できます。体重60kgの場合、60mg/kg/日の投与量だと1ヶ月に5万円程度の費用になりますが、糖質制限やケトン食との併用であれば、その半分から3分の1程度に減らしても十分に効果は期待できるため、進行がんの治療に試してみる価値はあります。

【2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンの相乗効果】

2-デオキシ-D-グルコースは解糖系を阻害することによってATP産生を阻害します。経口糖尿病薬のメトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素を阻害してATPの産生を阻害する作用が知られています。
がん細胞のエネルギー産生経路を2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンで二重阻害すると抗腫瘍効果が増強することがマウスを使った移植腫瘍の実験で示されています。以下のような報告があります。

Dual inhibition of Tumor Energy Pathway by 2-deoxy glucose and metformin Is Effective Against a Broad Spectrum of Preclinical Cancer Models(2-デオキシグルコースとメトホルミンによる腫瘍細胞のエネルギー産生経路の2重の阻害は、多くの前臨床の動物実験モデルにおいて効果がある) Mol Cancer Ther. 10(12): 2350-2362, 2011年

この研究はテキサス大学のMDアンダーソンがんセンターの研究グループからの報告です。
様々な種類のがん細胞をマウスに移植した実験モデルを用いて、2-デオキシグルコース(2-DG)とメトホルミンを同時に投与すると、抗腫瘍効果が相乗的に高まることを報告しています。
2-DGとメトホルミンはそれぞれ単独では抗腫瘍効果は強くはありませんが、併用すると強い抗腫瘍効果が得られるという結果です。
培養がん細胞を用いた実験では、2-DGで解糖系を阻害しても、がん細胞を死滅させるだけの効果はありませんが、メトホルミンを同時に投与すると、がん細胞は死滅しました。
マウスの移植腫瘍の実験系でも、2-DGとメトホルミンを同時に投与すると、がん組織が著明に縮小しました。

がん細胞が増殖するためには、増殖のシグナルと、エネルギー産生と物質合成のための材料が必要です。
増殖シグナル伝達系は、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)とそれらの受容体の結合によって刺激されるPI3K/Akt/mTORC1伝達系 が重要です。
メトホルミンはミトコンドリアの呼吸鎖(電子伝達系)を阻害してATP産生を阻害する作用がありますが、さらにAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化してmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的蛋白質複合体-1)の活性を阻害することによってがん細胞の増殖を阻害します。
一方、2-DGはグルコースの解糖系とペントース・リン酸経路での代謝を阻害することによって、エネルギー産生と物質合成を抑制し、その結果、がん細胞の増殖が抑えられます。
すなわち、2-DGとメトホルミンの同時投与は、がん細胞のエネルギー産生と物質合成と増殖シグナル伝達を効率的に阻害することによって、がん細胞の増殖を阻害することができるのです。

図:2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)が細胞内でリン酸化されてできる2-DG-6-リン酸は解糖系を阻害してエネルギー産生を低下させる。メトホルミンはAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、AMPKは哺乳類ラパマイシン標的蛋白質複合体1(mTORC1)の活性を阻害して、がん細胞の増殖を抑制する。さらに、ミトコンドリアにおける呼吸鎖(電子伝達系)を阻害してATPの産生を低下させ、がん細胞の増殖を抑制する。

【メトホルミンはAMPKを活性化してがん細胞の増殖を抑制する】

メトホルミン(metformin)は2型糖尿病の治療薬(ビグアナイド系経口血糖降下剤)ですが、がんの予防や治療の分野でも注目されており、がん予防効果やがん細胞の抗がん剤感受性を高める効果などが数多くの論文で報告されています。
メトホルミンは、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を介した細胞内信号伝達系を刺激することによって糖代謝を改善します。すなわち、筋・脂肪組織においてインスリン受容体の数を増加し、インスリン結合を増加させ、インスリン作用を増強してグルコース取り込みを促進します。さらに肝臓に作用して糖新生を抑え、腸管でのブドウ糖吸収を抑制する作用があります。これらの作用はインスリンの血中濃度を低下させます。インスリンはがん細胞の増殖を促進するので、インスリンの血中濃度を減らすだけで、がん細胞の増殖を抑制する効果があります。
さらに、AMPKはインスリンおよびインスリン様成長因子-1(IGF-1)によって活性化されるPI3K/Akt/mTORC1シグナル伝達系のmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1: mammalian target of rapamycin complex 1)の活性を阻害します。
また、HMG-CoA還元酵素とアセチルCoAカルボキシラーゼを阻害することによって脂質合成を阻害します。

図:AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)は細胞のエネルギー代謝を調節する因子として重要な役割を担っている。 AMPKは低グルコースや低酸素や虚血など細胞のATP供給が枯渇させるようなストレスに応答して活性化される。 AMPKは触媒作用を持つαサブユニットと、調節作用を持つβサブユットとγサブユニットから構成されるヘテロ三量体として存在する。
γサブユニットにはATPが結合しているが、ATPが枯渇してAMP/ATP比が上昇すると、γサブユニットに結合していたATPがAMPに置き換わる。その結果、アロステリック効果(酵素の立体構造が変化すること)によってこの複合体は中等度(2〜10倍程度)に活性化され、上流に位置する主要なAMPKキナーゼであるLKB1に対して親和性が高くなり、LKB1によってαサブユニットのスレオニン-172(Thr-172)がリン酸化されると、酵素活性は最大に活性化される。 LKB1はセリン・スレオニンキナーゼで、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)をリン酸化して活性化する。
リン酸化されたAMPKはmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)を抑制し、タンパク質や脂肪酸の合成を抑制して、がん細胞の増殖を抑制する。



English version