哺乳類ラパマイシン標的蛋白質(mTOR)
の活性阻害をターゲットにしたがん治療 

【ラパマイシンとは】

ラパマイシン(Rapamycin)は1970年代に、イースター島(モアイ像で有名な南太平洋の孤島)の土壌から発見されたStreptomyces hygroscopicsという放線菌の一種が産生するマクロライド系物質(大環状のラクトンを有する有機化合物)で、免疫抑制剤として臓器移植の拒絶反応を防ぐ薬として使用されています。
イースター島はポリネシア語で「ラパ・ヌイ(Rapa Nui)」と言い、この「ラパ」と「菌類が合成する抗生物質」を意味する接尾語の「マイシン」とを組み合わせて「ラパマイシン」と名付けられています。ラパマイシンは商品名「ラパミューン(Rapamune)」としてファイザー社から発売されています(日本では未認可)。
ラパマイシンの薬効としては、
免疫抑制作用の他に、平滑筋細胞増殖抑制作用抗がん作用寿命延長効果が知られています。
平滑筋細胞増殖抑制作用に関しては、狭心症や心筋梗塞の治療に使われる血管内ステントに冠動脈再狭窄予防効果を目的としてラパマイシンを配合したステントが製品化され、心臓カテーテル治療において使用されています。また、リンパ脈管筋腫症の治療薬としても使用されています。
寿命延長作用については、生後600日のマウス(人間では60歳ほどに相当)にラパマイシンを投与すると、通常に比べてメスは平均で13%、オスは9%長生きしたという動物実験の結果が報告されています。
ラパマイシン自体に抗がん作用が報告されていますが、ラパマイシンの構造を改変した物質(ラパマイシン誘導体)が抗がん剤として開発されて、すでに幾つかの薬が臨床で使用されています。
このようなラパマイシンの多彩な薬効は、細胞の増殖やエネルギー産生に重要な役割を担っている細胞内蛋白質に作用することによって発揮されます。このラパマイシンがターゲットにする蛋白質が
哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mammalian target of rapamycin)、略してmTOR(エムトール)という蛋白質です。

【哺乳類ラパマイシン標的蛋白質(mTOR)とは】

mTOR(mammalian target of rapamycin)はラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼで、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。初め、酵母におけるラパマイシンの標的タンパク質が見出されてTOR(target of rapamycin)と命名され、後に哺乳類のホモログが見出されてmTORと命名されました。
細胞が増殖因子などで刺激を受けると
PI3キナーゼ(Phosphoinositide 3-kinase:PI3K)というリン酸化酵素が活性化され、これがAktというセリン・スレオニンリン酸化酵素をリン酸化して活性化します。活性化したAktは、細胞内のシグナル伝達に関与する様々な蛋白質の活性を調節することによって細胞の増殖や生存(死)の調節を行います。このAktのターゲットの一つがmTORです。Aktによってリン酸化(活性化)されたmTORは細胞分裂や細胞死や血管新生やエネルギー産生などに作用してがん細胞の増殖を促進します。
この経路を
PI3K/Akt/mTOR経路と言い、がん細胞や肉腫細胞の増殖を促進するメカニズムとして極めて重要であることが知られています。すなわち、PI3K/Akt/mTOR経路の阻害はがん細胞や肉腫細胞の増殖を抑制し、細胞死(アポトーシス)を誘導することができるため、がん治療のターゲットとして注目されています。
PI3K/Akt/mTOR経路の阻害は、抗がん剤や放射線治療の効き目を高める効果も報告されています。
近年,腫瘍血管新生もラパマイシンによって影響を受けることが報告されています.低酸素による
低酸素誘導因子(HIF-1)の活性化にはPI3K /mTOR経路が関与しており,mTOR の阻害によってHIF-1の活性化が抑制されることが報告されています。ラパマイシンがHIF-1の安定化およびHIF-1の転写活性を抑制することが報告されています。
また,
血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の発現もラパマイシンによって抑制されることが報告されており,免疫抑制に用いられる用量のラパマイシンががん転移モデルおよび腫瘍移植モデルにおいて著明な抑制効果を発揮し, その作用機序として血管内皮細胞の増殖および管腔形成を共に抑制することが報告されています。
臓器移植に伴うシクロスポリンなどの免疫抑制剤の投与はがんの発生や再発を促進することが知られていますが、mTOR阻害剤は抗腫瘍効果をもつ免疫抑制剤として期待されています。
mTOR阻害剤は免疫抑制という欠点を持ちますが、がん細胞や肉腫細胞の多くにおいてmTORが活性化されているため、抗がん剤として有効性が高く、すでに幾つかのmTOR阻害剤が開発され、抗がん剤として使用されています。
テムシロリムス(Temsirolimus、商品名トーリセル)はラパマイシン誘導体で、静脈内投与可能なmTOR阻害剤で、腎細胞がんに保険適用されています。。また、経口mTOR阻害剤としてエベロリムス(商品名アフィニトール)が腎細胞がんに承認されています。

【mTORの活性阻害をターゲットにしたがん治療】

mTOR阻害剤は、腎細胞がん以外のがんや肉腫にも効果が期待でき、現在多くの臨床試験が行われています。抗がん剤治療の効果が出にくい肉腫の治療にmTOR阻害剤の使用が期待されています。
しかしまだ、これらのmTOR阻害剤は現時点では腎細胞がんしか使用できず、また、極めて高価です。
そこで、ジェネリック医薬品があるラパマイシンを使えば、比較的安価(1ヶ月で5万円程度)にmTORの活性を阻害したがん治療が行えます。さらに、漢方薬やサプリメントなどを使って、mTOR阻害を目標にしたがん治療を検討してみる価値があります。
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化がmTOR阻害作用を示すことが知られています。(詳しくはこちらへ
AMPKを活性化する方法としてメトホルミン、冬虫夏草に含まれるコルジセピン、黄連に含まれるベルベリン、丹参に含まれるクリプトタンシノンなどがあります。
ウコンに含まれるクルクミンにmTOR阻害作用が報告されています。ただ、クルクミンは通常の状態では胃腸からの吸収が極めて悪いため、体内でmTOR阻害作用が期待できるかどうかは不明です。
また、PI3KやAktの活性を阻害する薬草成分やサプリメントも知られています。厚朴に含まれるホーノキオール(honokiol)がAkt活性を阻害することが報告されています。ジインドリルメタンもAktを阻害することが報告されています。
丹参のサルビアノール酸(Salvianolic acid)がPI3K活性を阻害することが報告されています。
このような副作用の少ない医薬品やサプリメントを複数組み合わせると、PI3K/Akt/mTOR経路を抑制して、がん細胞や肉腫細胞の増殖抑制に効果が期待できます。例えば、冬虫夏草のサプリメント、丹参や厚朴や黄連やウコンを含む漢方薬、メトホルミン、ジインドリルメタン、ラパマイシンなどを組み合わせると、PI3K/Akt/mTOR経路の阻害によってがん細胞の増殖を抑制できます。

図: PI3K/Akt/mTOR経路の阻害はがん細胞や肉腫細胞の増殖を抑制し細胞死を誘導することができるため、がん治療のターゲットとして注目されている。

【がん細胞のワールブルグ効果を阻害するシリマリン】

がん細胞のエネルギー産生や物質代謝の特徴である「ワールブルブ効果」をターゲットにした治療法が注目されています。
このワールブルグ効果(Warburg effect)というのは、「がん細胞では酸素が十分にある状況でも、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が抑制され、酸素を使わない嫌気性解糖系が亢進している」という現象で、がん細胞のエネルギー産生と物質代謝で最も特徴的な変化です。つまり、ワールブルグ効果によって、「がん細胞が増殖するために必要な核酸や脂肪酸やアミノ酸の合成量を増やすことができる」、「血管が乏しい低酸素状況でも増殖できる」、「ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を抑制すると細胞死を起こりにくくなる」、などのがん細胞の生存と増殖に有利になることが明らかになっています。 
このワールグルグ効果を引き起こす重要な因子の一つが低酸素誘導因子-1(Hypoxia Inducible Factor-1:略してHIF-1)です。HIF-1はピルビンン酸脱水素酵素キナーゼ(ピルビン酸脱水素酵素を阻害する)の発現を促進してピルビン酸脱水素酵素(ピルビン酸からアセチルCoAへの変換)の活性を低下させ、さらにピルビン酸から乳酸への嫌気性解糖系に働く乳酸脱水素酵素の発現を促進する作用があります。つまり、HIF-1はピルビン酸からアセチルCoAへの変換を阻害してTCA回路を回らなくし、嫌気性解糖系(ピルビン酸から乳酸の変換)を亢進します。さらに、HIF-1は腫瘍特異的なピルビン酸キナーゼ-M2の発現を促進し、解糖系の途中におけるグルコース代謝産物から核酸や脂肪酸やアミノ酸の合成を促進する作用もあります。したがって、「HIF-1の働きを阻害する」ことは、がん細胞に特徴的なエネルギー産生と物質代謝を正常化する一つの手段として有効だと言えます。
低酸素誘導因子-1(Hypoxia Inducible Factor-1; HIF-1)は、細胞が酸素不足に陥った際に誘導されてくる転写因子です。αとβの2つのサブユニットからなるヘテロ二量体であり、βサブユニットは定常的に発現していますが、HIF-1αは酸素が十分に存在するときにはユビチン化して26Sプロテアソームで分解されて活性がなくなります。低酸素になるとHIF-1αは安定化し、核に以降し、遺伝子の低酸素反応エレメント(hypoxia response element)に結合し、遺伝子の発現を誘導します。
HIF-1は各種解糖系酵素、グルコース輸送蛋白、血管内皮増殖因子(VEGF)、造血因子エリスロポイエチンなど、多くの遺伝子の発現を転写レベルで制御し、細胞から組織・個体にいたる全てのレベルの低酸素適応反応を制御しています。
HIF-1はがん細胞の増殖や転移・浸潤や悪性化進展において鍵になる100以上の遺伝子の発現を調節しており、この中には、血管新生、エネルギー代謝、細胞増殖、浸潤、転移などに関与する多くの遺伝子が含まれています。
腫瘍血管の新生は低酸素で誘導され、また増殖因子は血管新生を促進します。HIF-1は血管新生にかかわる40以上の遺伝子の発現を誘導し,血管新生促進因子の産生スイッチを入れるマスタースイッチと言え、HIF-1の働きを阻害すれば、血管新生を阻害してがん細胞の増殖を抑えることができます。
HIF-1は低酸素だけでなく、がん細胞の増殖シグナル伝達系であるPI-3キナーゼ/Akt/mTORシグナル伝達系を介しても活性化されます。すなわち、増殖因子が受容体に結合してRasが活性化されるとPI-3キナーゼ、AKT、mTORの活性化を介してHIF-1は活性化されます。
低酸素誘導因子-1(HIF-1)はがん細胞の増殖シグナル伝達系であるPI-3 キナーゼ/Akt/mTORシグナル伝達系を介しても活性化されるため、がん細胞では、低酸素状態でなくてもHIF-1活性は亢進しています。
キク科のマリアアザミ(ミルクシスル)に含まれるシリマリンには、グルコ−スの取り込みの阻害作用、HIF活性の阻害作用、PI3/Akt/mTORシグナル伝達系の阻害作用など、複数の機序でがん細胞のワールブルグ効果を阻害する作用が報告されています。

ミルクシスルは学名をSilybum marianum というキク科の植物で、ミルクシスルの他、マリアアザミ、オオアザミ、オオヒレアザミなどと呼ばれます。和名はオオアザミです。原産は地中海沿岸で、ヨーロッパ全土、北アフリカ、アジアに分布しています。日本においても帰化植物として分布しています。 葉に白いまだら模様があるのが特徴で、この模様はミルクがこぼれたようにみえるためmilk thistle(thistleはアザミの意味)と言い、ミルクを聖母マリアに由来するものとしてマリアアザミの名があります。
その種子がヨーロッパにおいて古くから肝障害の治療薬として民間療法として利用されています。ミルクシスルの肝細胞保護作用や肝機能改善作用の効果が科学的に証明されています。
肝機能障害のためのサプリメントとして利用されており、ドイツのコミッションE(ドイツの薬用植物の評価委員会)は、粗抽出物の消化不良に対する使用や、標準化製品の慢性肝炎や肝硬変への使用を承認しています。
ミルクシスルの活性成分はシリマリン(silymarin)というフラボノリグナン(flavonolignan)の混合物です。シリマリンには、シリビニン(silibinin), シリジアニン(silydianin), イソシリビン(isosilybin), シリクリスチン(silychristin)などがあります。ミルクシスル種子は4〜6%のシリマリンを含有しています。
ミルクシスルはヨーロッパでは古くから肝臓の治療薬として用いられ、抗がん剤による肝臓のダメージを軽減し、傷害を受けた肝細胞の再生を促進する作用ガ確かめられています。抗がん剤治療や放射線治療の副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高める効果も報告されています。
さらに、様々な動物発がん実験において、シリマリンががん予防効果を発揮することが報告されています。切除不能の進行した肝臓がんが、1日450mgのシリマリンを服用してがんが自然退縮したという症例の報告があります。(Am J Gastroenterol. 90:1500-1503, 1995)
手術と放射線治療を行った前立腺がん患者において、シリマリン、大豆、リコピン、抗酸化剤の入ったサプリメントを服用することによって再発が有意に抑えられることが報告されています。(Eur Urol. 48: 922-930, 2005)
 
さらに、シリマリンが、低酸素誘導因子の活性を抑制する作用や、グルコースの細胞内への取り込みを阻害する効果などが報告されています。以下のような報告があります。

  • Silibinin inhibits hypoxia-inducible factor-1alpha and mTOR/p70S6K/4E-BP1 signalling pathway in human cervical and hepatoma cancer cells: implications for anticancer therapy.(シリビニンはヒトの子宮頸がん細胞と肝臓がん細胞において、低酸素誘導因子-1とmTOR/p70S6K/4E-BP1シグナル伝達系を阻害する:抗がん治療への応用)Oncogene 28(3):313-324, 2009
    この論文では、ヒト子宮頸がん細胞(HeLa細胞)と肝臓がん細胞(Hep3B)を使った実験で、シリビニンがHIF-1の産生量を減らし、HIF-1の転写活性を阻害することを報告し、新しい抗がん剤として利用できる可能性を示唆しています。

  • Silybin and dehydrosilybin decrease glucose uptake by inhibiting GLUT proteins.(シリビンとデヒドロシリビンはGLUT蛋白を阻害してグルコースの取り込みを減少させる)J Cell Biochem. 112(3):849-59.2011
    GLUTというのはglucose transporter(糖輸送担体)の略で、グルコース(ブドウ糖)の細胞内の取り込みを行うタンパク質です。グルコースはそのままでは細胞膜を通過できないため、特別な膜輸送蛋白質の働きによって細胞膜を通過します。このグルコースを輸送するタンパク質がGLUTです。
    この論文では、ミルクシスルに含まれるシリマリンの一種のシリビン(Silybin)とその誘導体のデヒドロシリビン(dehydrosilybin)が、細胞におけるグルコースと取り込みを低下させるという実験結果を報告しています。
    ベースの取り込みだけでなく、インスリンの作用で増加するグルコースの取り込みも阻害し、インスリンの作用やシグナル伝達には影響せず、GLUT蛋白に直接作用してグルコースの運搬を阻害することを報告しています。
    シリビンとデヒドロシリビンはがん細胞の増殖を抑制する効果もあり、その増殖抑制効果のメカニズムとして、このグルコースの取り込み阻害作用の関与を示唆しています。

その他にも、シリマリンには、がん細胞の増殖シグナル伝達系を阻害する作用や、抗酸化作用などによって転写因子のNF-κB活性を阻害する作用、がん細胞の浸潤や転移を抑制する効果など多彩な抗がん作用が報告されています。
シリマリン自体は毒性が極めて低く、抗酸化作用や肝細胞保護作用など抗がん剤治療による副作用を軽減する効果も多くの臨床試験などで確認されています。さらにがん細胞のワールブルグ効果を是正する作用や、増殖シグナル伝達系を抑制する作用があるため、がん治療において併用するメリットが高い成分と言えます。

図:がん細胞ではグルコース(ブドウ糖)の取り込みと嫌気性解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されている。このようながん細胞に特徴的な代謝異常(ワールブルグ効果と言う)に中心的に関わっているのが低酸素誘導因子-1(HIF-1)で、HIF-1の働きを阻害するとがん細胞のエネルギー産生と物質代謝を抑制し、がん治療に役立つことが指摘されている。ミルクシスル(マリアアザミ)に含まれるシリマリンは、HIF-1活性化の阻害、グルコースの取り込みの阻害、HIF-1を活性化するシグナル伝達系の阻害、HIF-1による遺伝子発現誘導の阻害など複数の作用点においてがん細胞のワールブルグ効果を阻害する作用が報告されており、その特徴的な抗がん作用が注目されている。

哺乳類ラパマイシン標的蛋白質(mTOR)の活性阻害をターゲットにしたがん治療の実際 

以下のような医薬品やサプリメントを併用すると、mTORの活性、およびmTORの下流に位置する低酸素誘導因子(HIF-1)を阻害し、さらにがん細胞のエネルギー産生と物質代謝の特徴であるワールブルグ効果を相乗的に阻害できます。

医薬品・サプリメント
効果と作用メカニズム
30日分の費用
ラパマイシン mTOR活性阻害
45000円
メトホルミン AMPKの活性化によるmTOR活性抑制
3000円
ジインドリルメタン Akt活性の阻害
9000円
シリマリン 低酸素誘導因子の阻害、グルコース取り込み阻害など
9000円
冬虫夏草 コルジセピンによるAMPKの活性化
14700円
R体αリポ酸 ピルビン酸脱水素酵素の活性化によるTCA回路の亢進と電子伝達系の亢進によるワールブルグ効果の抑制
5000円
ジクロロ酢酸ナトリウム
12000円

お問合せやご注文は、info@f-gtc.or.jp へメールにてお問合せ下さい。電話(03-5550-3552)でも受付けています。
                                  
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