FoxO3aを活性化するがん治療
【転写因子FoxOはがん抑制に関与する】
転写因子FoxO(Forkhead Box O)はDNA結合ドメインFox(Forkhead box)を持つForkheadファミリーのサブグループ“O”に属する転写因子です。 哺乳類では4種類(FoxO1, FoxO3a, FoxO4, FoxO6)あり、ショウジョウバエでは1種類(dFOXO)あります。
FoxOはストレス応答、代謝制御、細胞周期、アポトーシス、細胞分化、DNA修復、免疫機能、炎症などに関連する多くの遺伝子の発現を促します。
FoxO1とFoxO3aは約650個のアミノ酸からなる蛋白質で、遺伝子のプロモーター領域のTTGTTTACという配列に結合します。 ハエから哺乳類に至る生物において、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)シグナル伝達系は保存されており、FoxO3aはこのシグナル伝達系の下流に位置しています。
FoxO3aのリン酸化にはリン酸化されるセリンあるいはスレオニンの部位によって、核外に移行して転写活性が阻害される場合と、逆に核内に保持されて転写活性が亢進される場合の2種類があります。
インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)はPI3K/Aktシグナル伝達系を亢進し、活性化されたAktは転写因子FoxO3aをリン酸化します。この場合、リン酸化されたFoxO3aは核外(細胞質)へ移行して分解されるので、FoxO3aの転写活性は抑制されます。(下図)
図:インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)はPI3K/Aktシグナル伝達系を亢進し、活性化されたAktは転写因子FoxO3aをリン酸化する。リン酸化されたFoxO3aは14-3-3というたんぱく質と結合し核外(細胞質)へ移行して分解されるので、FoxO3aの転写活性は抑制される。FoxO3aの標的遺伝子は細胞増殖を停止させ、がん抑制的に作用するので、FoxO3aの核外への移行(不活性化)はがん細胞の増殖を促進することになる。
FoxO3aは細胞周期の進行を阻害するタンパク質p27Kip1の発現を促進します。p27Kip1は細胞周期のG0/G1停止を引き起こすサイクリン依存性キナーゼ阻害因子です。 また、FoxO3aはがん細胞のミトコンドリアに作用してアポトーシスを誘導するタンパク質のBimの発現を亢進することが報告されています。 つまり、FoxO3aの転写活性を高めることはがん細胞をG0/G1期で細胞周期を止め、アポトーシスを誘導することになります(下図)。
図:インスリンやインスリン様成長因子-1やその他の増殖因子や成長因子はPI3K/Aktシグナル伝達系を活性化し、AktはFoxO3aをリン酸化して核外に移行させて転写活性を阻害(不活性化)する。FoxO3aはサイクリン依存性キナーゼの阻害因子であるp27Kip1やアポトーシスを誘導するBimの発現を亢進してがん細胞をG0/G1期で停止させ、アポトーシスを誘導する。PI3K/Aktシグナル伝達系の活性阻害は、がん細胞の増殖抑制とアポトーシス誘導に作用する。
【IκBキナーゼはNF-κBを活性化する】
炎症性疾患やがんの治療のターゲットの一つにNF-κB(エヌエフ・カッパー・ビー、Nuclear Factor-kappa B、核内因子-κB)いう遺伝子の転写を調節するタンパク質複合体があります。
遺伝子の発現(DNAをmRNAに転写すること)を調節するタンパク質を転写因子と言い、この転写因子はDNA上のプロモーターやエンハンサーといった転写を制御する部分に特異的に結合し、DNAの遺伝情報をmRNAに転写する過程を促進、あるいは逆に抑制する働きを持っています。
NF-κBは転写因子の一つですが、炎症反応や免疫応答や細胞増殖に関連する多くの遺伝子の発現を調節しており、NF-κBの活性化は様々な炎症性疾患やがんを増悪させることが明らかになっています。
NF-κBは免疫グロブリンのκ鎖遺伝子のエンハンサー領域に結合するタンパク質として発見され、当初はリンパ球のB細胞に特異的に発現していると考えられていましたが、後にほとんどの細胞に存在することが明らかになりました。
がん細胞では、NF-κBが活性化すると死ににくくなるので抗がん剤に抵抗性になり、増殖や転移が促進されます。
さらに、がん細胞や炎症細胞のNF-κB活性が高まると、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)や単球走化因子-1(monocyte chemoattractant factor-1)やインターロイキン-8(IL-8)やシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)など、腫瘍血管の新生に関与する蛋白質の産生が増加します。
炎症細胞やがん細胞に、炎症性サイトカン(IL-1, TNF-αなど)や酸化ストレス(放射線や活性酸素など)が作用すると、細胞内でNF-κBが活性化されます。このNF-κBを活性化するタンパク質がIκBキナーゼ(IKK)です。
NF-κBは細胞質に存在し、IκB(Inhibitor of κB)と呼ばれる制御蛋白質と複合体を形成し、不活性型で細胞質に局在しています。 炎症性刺激や酸化ストレスやプロテインキナーゼCなどによりIκBのセリン基をリン酸化するIκBキナーゼ(IKK)が活性化されてIκBをリン酸化し、さらに蛋白分解の目印となるユビキチンが結合し、プロテアソームで分解されます。 IκB が外れるとIκBでマスクされていた核内移行シグナルが露出して、NF-κBは核に移行できるようになります。NF-κBはDNA上のκBモチーフ (GGGACTTTCC) と呼ばれる配列に結合し、目的遺伝子の転写活性化を行います。(下図)
NF-κBの活性化を阻止することは、炎症性疾患やがんの治療に有効と考えられています。
図:①NF-κBは細胞質に存在し、IκB と呼ばれる制御蛋白質と複合体を形成している。②炎症性サイトカイン(IL-1やTNF-αなど)や細菌由来のリポ多糖や酸化ストレス(放射線や活性酸素など)はIκBキナーゼを活性化してIκBをリン酸化する。③さらにユビキチンが結合してプロテアソームで分解される。④IκBが外れるとNF-κB分子内の核内移行シグナルが露出してNF-κBは核に移行し、目的遺伝子の転写を行う。⑤NF-κBで活性化される遺伝子は炎症やがんの進展と関連するものが多い。⑥その結果、がん細胞の増殖は亢進し、アポトーシスが起こりにくくなって抗がん剤耐性となり、腫瘍血管の新生が促進される。
【IκBキナーゼはFoxO3を不活性化する】
前述のIκBキナーゼ(IκBをリン酸化してNF-κBを活性化する)がFoxO3aをリン酸化して核外へ移行させて不活性化することが報告されています。以下のような論文があります。
IKK-β mediates chemoresistance by sequestering FOXO3; a critical factor for cell survival and death.(IκBキナーゼ-βはFOXO3を不活性化して抗がん剤耐性を引き起こす:細胞の生存と死を制御する重要因子)Cell Signal. 24(6):1361-8, 2012年
FoxO3は細胞の生存や死に関与する遺伝子の発現の制御に関わっています。この論文では、シスプラチンに抵抗性の乳がん細胞MDA-MB-231細胞に比べてFoxO3活性がはるかに高い乳がん細胞MCF-7では、シスプラチン感受性が高いことを示しています。すなわち、FoxO3活性がシスプラチン感受性に重要な因子であることを示しています。 MCF-7細胞ではシスプラチンはFoxO3に依存的な作用機序でアポトーシスを誘導しました。 一方、シスプラチンに抵抗性のMDA-MB-231細胞では、シスプラチン投与後にIκBキナーゼ-β(IKK-β)がFoxO3の活性を阻害し、シスプラチン抵抗性を促進しました。 IKK-βはFoxO3と直接に相互作用をして(リン酸化して)細胞質に移行させ、核内での局在を阻害しました。 乳がん細胞におけるシスプラチン抵抗性はIKK-βの活性化とそれによるFoxO3の不活性化(細胞質への排除)によって起こっているという結論です。 したがって、IKK-β活性の阻害は抗がん剤感受性を高める方法として有効だという話です。
以下のような報告もあります。
NF-κB–driven suppression of FOXO3a contributes to EGFR mutation-independent gefitinib resistance(NF-κB誘導性のFOXO3a活性の抑制はEGFR変異に非依存性のゲフィチニブ耐性に寄与する)Proc Natl Acad Sci U S A. 2016 May 3; 113(18): E2526–E2535.
【要旨】 上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor;EGFR)チロシンキナーゼ阻害剤(ゲニチニブ、エルロチニブなど)は、EGFRを活性化する変異をもったがん患者の生存期間を延長する。しかしながら、肺がん患者の40%くらいは、まだ明らかになっていないメカニズムでEGFRチロシンキナーゼに対して耐性を獲得する。
フォークヘッド(forkhead)ファミリーの転写因子のFOXO3aはアポトーシスを誘導するが、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対する耐性獲得やがん幹細胞の性状維持への関与については不明である。 この研究では、FOXO3aの高発現が、EGFR変異非依存性のEGFRチロシンキナーゼ感受性の亢進と、がん幹細胞の性質の維持(stemness)の抑制と、肺がん患者における無増悪生存期間の延長と関連することを明らかにした。 FOXO3a活性を阻害すると、ゲフィチニブ耐性が明らかに亢進し、肺がん細胞の幹細胞の性質が増強した。ゲフィチニブ耐性の肺がん細胞にFOXO3aを過剰発現させると、これらの作用は減少した。 さらに、miR-155がFOXO3a遺伝子の3′非翻訳領域(3′UTR)をターゲットにしており、このmiR-155の転写はNF-κBによって制御されている。NF-κB/miR-155経路はFOXO3a発現を抑制し、ゲフィチニブ耐性を亢進し、さらに肺がん細胞の幹細胞の性質を増強することがin vitroとin vivoの実験で示された。
これらの結果は、EGFR変異に非依存性のゲフィチニブ耐性と肺がん細胞の幹細胞の性質の維持(Stemness)においてFOXO3aが重要な因子であることを示している。したがって、NF-κB/miR-155/FOXO3a経路をターゲットにした治療法は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対して耐性を獲得した肺がん患者の治療において、有望や治療法となる。ゲフィチニブ(Gefitinib:商品名イレッサ)はEGFRチロシンキナーゼ(上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ)阻害剤で肺腺がんの治療に使われます。 しかし、ゲフィチニブに反応する肺がんは一部であり、ゲフィチニブが有効性を示す場合でも数ヶ月で耐性ができて効かなくなります。
この論文では、FOXO3a発現レベルとEGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性が逆相関することを報告し、FoxO3aの活性化がゲフィチニブ耐性を抑制できる可能性を示しています。NF-κBがFoxO3aを阻害するので、NF-κBの阻害が耐性抑制に重要だという結論です。
IκBキナーゼ(IKK)はIKKαとIKKβとIKKγと呼ばれる調節サブユニットから構成される複合体を形成しています。 様々な炎症性シグナルや増殖シグナルに応答してIKK-αとIKK-βはリン酸されて活性化されます。 IKKαとIKKβはアミノ酸配列が極めて似ているにも関わらず、基質特異性と制御様式が異なるため、その機能は大きく異なります。 IKKβ(およびIKKγ)は、腫瘍壊死因子α(TNFα)やリポ多糖(LPS)によるNF-κB活性化に必須です。対照的に、IKKαはIKKβに誘導されたNF-κB活性化を弱める働きをする可能性が指摘されています。
いずれにしても、IKK複合体のうちIKKβのリン酸化は炎症性シグナルに応答して起こり、NF-κBの活性化やFoxO3の不活性化に関与しています。
NF-κBの活性化もFoxO3の不活性化も、ともに増殖を促進しアポトーシスを起こしにくくする作用があります。 したがって、IKKβのリン酸化を阻害することは、がん細胞の増殖抑制とアポトーシス誘導に作用することになります。 Aktを欠損させてAktによるFoxO3aの不活性化が起こらないようにした細胞でも、IKKβによってFoxO3aの不活性化が引き起こされます。 つまり、Akt非依存性のFoxO3aの不活性化の機序が存在するので、Akt活性と抑えると同時にIKKβ活性を阻害することが重要です。 (下図)
図:①NF-κBはIκBと複合体を形成して細胞質に存在している。②炎症性サイトカイン(IL-1やTNF-αなど)や細菌由来のリポポリサッカライドや酸化ストレス(放射線や活性酸素など)はIκBキナーゼ(IKK)を活性化してIκBをリン酸化する。③リン酸化されたIκBは分解され、フリーになったNF-κBは核内に移行し、目的遺伝子の転写を行う。④FoxO3aは核内に存在するが、IKKによってリン酸化されると核の外に移行する。 ⑤核外に移行するとFoxO3aによって転写される遺伝子の発現は阻害される。⑥インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)はPI3K/Aktシグナル伝達系を亢進し、活性化されたAktはFoxO3aをリン酸化して核外へ移行させる。NF-κBで転写が促進される遺伝子は炎症やがんの進展と関連するものが多い。FoxO3aによって転写が促進される遺伝子は細胞周期停止やアポトーシス誘導に関連するものが多い、したがって、IκBキナーゼ(IKK)やPI3K/Aktの活性化を抑制することは、がん細胞の増殖を抑制し、アポトーシスを誘導する方向で作用する。
【オーラノフィンはIκBキナーゼを阻害する】
オーラノフィン(Auranofin)は、関節リュウマチの治療に使われる経口金製剤で、炎症反応や免疫異常を抑制する作用があります。 最近、オーラノフィンの抗腫瘍効果が注目されており、米国ではがん治療へのオーラノフィンの効果を検討する第2相臨床試験の実施がFDA(食品医薬品局)から承認されています。
今まで報告されたオーラノフィンの抗がん作用のメカニズムは多様です。 ミトコンドリアのチオレドキシン還元酵素やIL-6/STAT3経路の阻害やヒストンアセチル化亢進作用なども報告されています。 最近の研究で、さらにIκBキナーゼ(IKK)の活性を阻害する作用が多数報告されています。次のような論文があります。Thiol-reactive metal compounds inhibit NF-kappa B activation by blocking I kappa B kinase.(チオール反応性金属化合物がIκBキナーゼを阻害してNF-κB活性化を阻害する)J. Immunol. 164(11):5981-9, 2000年
【要旨】
有機金化合物は関節リュウマチの治療に使われている。NF-κBは炎症に関連する遺伝子の発現を制御する転写因子である。 NF-κBにIκBタンパク質が結合することによってNF-κBの活性化は阻害されているが、炎症性シグナルによってIκBキナーゼ(IKK)が活性化されてIκBがリン酸化されて分解されると、フリーになったNF-κBは核内に移行して転写活性を示す。 我々は、LPS(リポポリサッカライド)で刺激したマウス・マクロファージ細胞株RAW264.7を使って、NF-κB活性化に対する種々の金化合物の効果を検討した。
脂溶性金化合物のオーラノフィンは、IKK活性化とIκBの分解を阻害し、LPS誘導性のNF-κB活性化を抑制した。 オーラノフィンはTNFやPMA/イオノマイシンで誘導されるIKK活性化を阻止した。これは、オーラノフィンは多様な炎症性シグナルや増殖シグナルに共通に阻害作用を示すことを示唆している。
In vitro(試験管内)での実験で、IKK活性は親水性金化合物(aurothiomalate, aurothioglucose, AuCl3)によって抑制された。亜鉛や銅のようなチオール反応性の他の金属イオンもin vitroの実験でLPSで活性化されたマクロファージにおいて、IKKの発現誘導とIKK活性を阻害した。
IKKの活性には還元物質の存在が必要で、チオール反応性化合物の添加によって阻害された。 IKKαとIKKβから構成されるIKK複合体の2カ所の活性部位は、これらチオール反応性化合物によって阻害される。これは、IKKの活性部位にはシステインのスルフヒドリル基が存在し、これがIKKの活性に必須であることを示唆している。 関節リュウマチの治療薬として使用される金化合物の抗炎症作用は、金化合物によるチオール基の修飾に依存することが示唆された。細菌由来成分のLPS(リポ多糖)や炎症性サイトカイン(TNFなど)や炎症性サイトカインの産生を刺激するホルボールエステル(PMA; Phorbol 12-myristate 13-acetate)やイオノマイシンなど様々な物質で刺激されたマクロファージはIKKが活性化されてNF-κBが活性化されます。
オーラノフィンはIKKの活性そのものを阻害するので、多様な因子や経路でのNF-κBの活性化に起因する炎症反応の増悪を阻害する薬としてオーラノフィンは有効だと言えます。Gold compound auranofin inhibits IkappaB kinase (IKK) by modifying Cys-179 of IKKbeta subunit.(金化合物オーラノフィンはIKKβサブユニットのシステイン-179を修飾することによってIκBキナーゼを阻害する)Exp Mol Med. 30; 35(2): 61-6. 2003年
この論文では、オーラノフィンがIκBキナーゼ(IKK)活性を阻害してNF-κBの活性化を阻害する作用に関して、オーラノフィンがIKKのどこに作用するかを検討しています。 IKKαとIKKβの正常な遺伝子と変異型の遺伝子を導入した細胞を使って、オーラノフィンのIKKに対する作用を検討しています。 IKKβの179番目のシステイン(Cys-179)をアラニンに変換した遺伝子を導入した細胞では、オーラノフィンによるIKKβの阻害が見られなくなりました。 つまり、オーラノフィンはIKKβのCys-179の部分に作用して、炎症性シグナルで誘導されるNF-κBとIKKの活性化を阻害することを示しています。
【オーラノフィンはFoxO3aを活性化する】
IKKは核内に存在する転写因子FoxO3aをリン酸化して核外に移行させることによって、FoxO3aの転写活性を阻害することは前述しました。したがって、IKKを阻害するオーラノフィンはFoxO3aを活性化して抗腫瘍作用を示す可能性があります。以下のような論文があります。
Auranofin displays anticancer activity against ovarian cancer cells through FOXO3 activation independent of p53. (オーラノフィンは卵巣がん細胞においてp53非依存性にFOXO3を活性化することによって抗腫瘍作用を示す)International Journal of Oncology. 2014;45(4):1691-1698.
【要旨】
有機金化合物のオーラノフィンは関節リュウマチの治療薬として広く使用されている。 新規のがん治療薬のスクリーニングによって、p53欠損の卵巣がん細胞株SKOV3細胞に対してオーラノフィンが強力な抗腫瘍活性を持つことを偶然に発見した。
しかしながら、卵巣がんに対するオーラノフィンの抗腫瘍作用の分子メカニズムについてはほとんど解明されていない。 本研究では、オーラノフィンが用量依存的かつ時間依存的にSKOV3細胞の増殖と生存を阻害することを示した。
オーラノフィンはSKOV3細胞において、アポトーシスを引き起こすカスパーゼ-3を活性化し、アポトーシス誘導性タンパク質のBaxとBimの量を増やし、アポトーシス抵抗性にするBcl-2タンパク質の量を減少させた。 さらに、オーラノフィンはIκBキナーゼ(IKK)-βの発現量を低下させ、FOXO3の核内局在を促進し、FOXO3のがん抑制作用を増強し、その結果、SKOV3のアポトーシスを誘導した。 一方、FOXO3の活性を阻害するとSKOV3細胞におけるオーラノフィンのアポトーシス誘導作用は阻止された。
これらの結果は、オーラノフィンはFOXO3の活性化することによって、カスパーゼ-3を介するアポトーシスを引き起こすことを示している。 このp53を欠損した卵巣がん細胞でオーラノフィンがアポトーシス誘導性の遺伝子の発現を誘導しアポトーシスを実行させたことは、オーラノフィンは卵巣がんにおいてp53非依存性のメカニズムでアポトーシスを誘導できることを示している。卵巣がんは抗がん剤治療が効きやすいのですが、再発すると抗がん剤抵抗性が問題になります。特にがん抑制遺伝子のp53に変異があると、いろんな治療に抵抗性になります。
この論文では、オーラノフィンがp53とは関係ないメカニズムでFoxO3を活性化して抗腫瘍効果を示すことを報告しています。 オーラノフィンで発現が誘導されるBimはアポトーシスを誘導するタンパク質で、FoxO3aによって発現が誘導されることが他の研究でも報告されています。
図:がん細胞において様々な刺激で活性化されたIκBキナーゼβ(IKKβ)はFoxO3aの核内移行を阻止することによってFoxO3aの転写活性を阻害する。FoxO3aはアポトーシス誘導性のBcl-2の発現を阻害し、アポトーシスを誘導するタンパク質(Bax, Bim, Caspase-3など)の発現や活性を高めアポトーシスを誘導する。オーラノフィンはIKKβの活性を阻害する作用によってFoxO3aの転写活性を高めて、がん細胞のアポトーシスを誘導する。
【オーラノフィンとビタミンD3とレチノイド】
ビタミンD3とレチノイドはFoxO3aやサイクリン依存性キナーゼ阻害因子のp21Cip1やp27Kip1の発現を亢進します。
がん細胞では、DNAメチル化やヒストン脱アセチル化によるエピジェネティック(epigenetic)な機序によってがん抑制遺伝子などの遺伝子の転写が抑制されています。 オーラノフィンはヒストン・アセチル化を亢進してがん抑制遺伝子の発現を亢進する作用が報告されています。オーラノフィンがヒストンのアセチル化を亢進する作用によってビタミンDとレチノイドの分化誘導作用を増強することが報告されています。 さらに、オーラノフィンがIKK(IκBキナーゼ)を阻害してFoxO3aの転写活性を亢進するので、この3つの組合せは、FoxO3aと核内ステロイドホルモン受容体を介してがん抑制性に作用すると言えます。
レチノイドとしては難治性ニキビの治療薬のイソトレチノイン(Isotretinoin)があります。イソトレチノインはIGF-1の産生を減少させる作用や転写因子FoxOを活性化する作用が報告されており、がんの治療に利用する研究が行われています。
イソトレチノンは皮膚の角化を促進する作用があるので、多く服用すると口唇の荒れなどの副作用がでてきます。ビタミンDやオーラノフィンと併用する場合は、このような副作用が出て来ないレベルの少量で分化誘導作用は期待できます。
ビタミンD3は体内で活性化されて1,25(OH)2ビタミンD3(Calcitriol)となって作用し、この活性型はフィードバックで制御されているので、副作用がでることは極めて少なく、安価なサプリメントとして利用できます。
オーラノフィンは関節リュウマチの治療薬で安価です。主な副作用は下痢や腹痛や口内炎などの消化器症状が1~5%程度、発疹や掻痒などの皮膚症状が2~3%程度、その他1%以下の頻度で蛋白尿、貧血、浮腫、肝障害などが報告されていますが、比較的副作用の少ない安全性の高い薬です。ただし、重篤な副作用が出る場合もあるので、副作用に十分に注意して使用します。
オーラノフィンとビタミンD3とレチノイドの組合せは、分化誘導療法として試してみる価値はあります。
【オーラノフィンの抗がん作用を高める方法】
がん治療では、副作用が少ない方法でがん細胞の増殖を抑えることができれば理想の治療法になります。 抗がん剤以外の治療に使用されている既存の薬の抗腫瘍効果を利用した「薬の再開発(Drug repositioning)」の研究で、多くの候補が見つかっています。
オーラノフィンは関節リュウマチの治療に使用される服用量で、チオレドキシン還元酵素やIL-6/STAT3経路の阻害やヒストンアセチル化亢進作用などの様々な抗がん作用が期待できます。
前述のように、オーラノフィンとビタミンD3とレチノイド(ビタミンA誘導体)のイソトレチノインの併用は、NF-κB活性の阻害とFoxO3aの活性亢進の作用によって、がん細胞の増殖抑制とアポトーシス誘導の作用を発揮します。
しかし、がん細胞はいろんなメカニズムで増殖抑制とアポトーシス誘導に抵抗しようとします。したがって、さらに抗腫瘍効果を高めるために、他の方法を追加する必要がある場合もあります。
炎症性サイトカインの産生抑制やIκBキナーゼの活性阻害作用に関してはサリドマイドの効果が報告されています。 以下のような論文があります。Inhibition of NF-kappa B activity by thalidomide through suppression of IkappaB kinase activity.(I-κBキナーゼ活性の抑制によるサリドマイドのNF-κB活性の阻害作用)J Biol Chem 276(25): 22382-7, 2001年
【要旨】
かつて鎮静作用や吐気止め作用の薬として使用され、胎児の奇形を引き起こすことが問題になったサリドマイドには、抗炎症作用と抗がん作用を有することが明らかになった。 サリドマイドは炎症性サイトカインの産生を抑制することによって抗炎症作用を示し、血管新生を阻害する作用が抗がん作用の機序と考えられている。 これらの薬理作用とサリドマイドの催奇形性作用にどのような関連があるかは、現時点では不明である。
転写因子のNF-κBは、腫瘍壊死因子-α(TNF-α)やインターロイキン-8などの炎症性サイトカインの遺伝子発現を制御している。 関節リュウマチなどの動物実験モデルで、NF-κBの活性を阻害すると炎症を抑制できることが示されている。 本研究では、サリドマイドがI-κBキナーゼの活性を阻害することによってNF-κBの活性を阻害できることを明らかにした。 この結果と一致して、サリドマイドはサイトカインによるNF-κBの活性化によって誘導される遺伝子(IL-8、TRAF1、c-IAP2)の発現を阻止した。
以上の結果は、IκBキナーゼ活性を抑制してNF-κBの活性を阻害する作用が、サリドマイドの薬効の作用機序になっていることを示している。NF-κB/IL-6/STAT3経路を阻害するジインドリルメタン、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の活性を阻害するセレコキシブ(celecoxib)の併用も有効です。
アルコールを全く飲まなければ、オーラノフィンとの相乗効果が報告されているジスルフィラムの併用が有効です。がん幹細胞に過剰に発現しているアルデヒド脱水素酵素1A1の阻害剤のジスルフィラムはオーラノフィンの抗腫瘍効果を高めます。
進行した肺がんの抗がん剤治療にジスルフィラムを併用すると生存期間を延長する効果が報告されています。
抗がん剤を使わなくても、オーラノフィンなどとの併用で抗腫瘍効果を高めることができると考えられます。 また、低用量の抗がん剤を使ったメトロノミック・ケモテラピーとオーラノフィンを併用すると抗がん作用を強めることができます。 低用量のメソトレキセートとシクロフォスファミドを併用したメトロノミック・ケモテラピーの有効性が報告されていますが、この2つも関節リュウマチの治療に使われています。 糖質制限やケトン食もFoxO3aを活性化します。インスリンはAktの活性を高め、脂肪酸のβ酸化の亢進はFoxO3aの活性を高める作用があります。(下図)
図:糖質を摂取するとインスリンが分泌され、インスリン受容体が活性化されるとホスホイノシチド3-キナーゼ(PI3K)/Aktシグナル伝達系が活性化される。Aktは転写因子のFoxO3aの活性を阻害する。糖質摂取およびインスリンは脂肪酸のβ酸化を阻害する。脂肪酸のβ酸化自体がFoxO3aを活性化することが報告されている。FoxO3aの活性化はがん抑制的に作用する。
ケトン体の一種のβヒドロキシ酪酸がヒストン脱アセチル化酵素を阻害し、Foxo3aのプロモーター領域におけるヒストンの高アセチル化を引き起こし、FoxO3a遺伝子の発現を亢進することが報告されています。
血中のβヒドロキシ酪酸が高濃度になるケトン食が、寿命延長やがん抑制に有効である機序として、FoxO3aの活性化が重要な役割を果たしている可能性が指摘されています。
脂肪酸のβ酸化が亢進するだけでFoxO3aの活性化が起こることが報告されています。脂肪酸のβ酸化を促進する中鎖脂肪酸と多く使ったケトン食はFoxO3aをさらに活性化する可能性があります。
高脂血症治療薬のフェノフィブラートが膠芽腫(グリオブラストーマ)に対して抗腫瘍効果を示すことが報告されています。 フェノフィブラートはPeroxisome Proliferator-activated Receptor α(PPARα:ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α)に結合してPPARαを活性化します。
PPARαは核内受容体の一種で、ペルオキシソームを増やして脂肪酸のβ酸化を亢進し、グルコースの解糖系を抑制する働きがあるので、がん細胞のワールブルグ効果(酸素がある条件でも、がん細胞はグルコースの嫌気性解糖系でエネルギーを産生していること)を阻害して、がん細胞の増殖を抑える可能性が指摘されています。 フェノフィブラートはPPARα依存性あるいは非依存性の機序で、PI3K/Aktシグナル伝達系の阻害や、転写因子FoxO3Aの活性化を引き起こします。FoxO3Aの活性化はアポトーシスを誘導するBimの発現を亢進し、グリオブラストーマを死滅させるという機序が提唱されています。以上のような多くの研究から、FoxO3aを活性化する方法として、オーラノフィン、サリドマイド、メトホルミン、フェノフィブラート、レチノイド、ビタミンD3、ケトン食の組合せが考えられます。(下図)
図:①転写因子のFoxO3aが活性化されるとがん細胞の増殖は抑制され、細胞死が促進される。②AktとIκBキナーゼはFoxO3aをリン酸化して核外へ移行させることによってFoxO3aの転写活性を阻害する。③IκBキナーゼは転写因子のNF-κBを活性化し、がん細胞の増殖を促進し、細胞死に抵抗性になる。④オーラノフィンとサリドマイドはIκBキナーゼの活性を抑制することによってNF-κBの活性を抑制し、FoxO3a活性を亢進する。⑤メトホルミン、フェノフィブラート、レチノイド、ビタミンDはFoxO3aの発現や活性を亢進する。
【レチノイドは遺伝子の発現を調節する】
レチノイド(retinoid)はビタミンA(レチノール)およびその誘導体や類縁化合物の総称です。レチノイドは生体内では活性型であるAll-trans retinoic acid (ATRA:以下レチノイン酸)として細胞核内の受容体に結合して、その生理作用を発揮します。
レチノイン酸の核内受容体には、レチノイン酸受容体(retinoic acid receptor: RAR)とレチノイドX受容体(retinoid X receptor: RXR)があり、それぞれα、β、γのサブタイプが存在します。
これらの受容体はリガンドの結合刺激によりホモ二量体(RAR-RARやRXR-RXR)を形成しますが、RXRはRXRとのホモ二量体だけでなく、RARやビタミンD受容体などの核内受容体とのヘテロ二量体(RAR-RXR)も形成します。
そして、これらの二量体は標的遺伝子のプロモーター領域に存在するレチノイン酸応答配列(retinoic acid response element: RARE)あるいはレチノイドX応答配列(retinoid X response element: RXRE)と結合することによって、様々な標的遺伝子の発現を調節しています。
異性体の関係にあるAll-trans-RA (ATRA) と 9-cis-RA (9C-RA)は2つともRARのリガンドになりますが、RXRのリガンドとなるのは9C-RAのみです。
レチノイドによって発現が調節される遺伝子は細胞の分化や増殖や死(アポトーシス)の制御に重要は働きを担っているため、その機能異常は細胞のがん化に関連し、ある種のがんに対してレチノイドが効く場合があります。
例えば、レチノイン酸の二重結合がすべてトランス型になったall-trans retinoic acid(ATRA)は急性前骨髄球性白血病の特効薬になっています。また、RXRαのアゴニストとして合成された非環式レチノイドが肝臓がんの再発を予防する効果が報告されています。ある種のがんにはレチノイドは増殖抑制や分化誘導やアポトーシス誘導などの抗がん作用を示します。
難治性にきびの治療に用いられている13-cisレチノイン酸(イソトレチノイン)は、にきびに対する作用機序において、IGF-1産生抑制作用や転写因子のFOXOを活性化する作用などが報告され、また、単独では抗腫瘍効果は弱いのですが、他の治療との組合せで抗腫瘍効果が高まることが報告されています。13-cisレチノイン酸は体内でAll-trans レチノイン酸に変換されて効果を発揮します。
図:ビタミンAの体内における活性本体であるAll-trans retinoic acid(レチノイン酸)はレチノイン酸受容体(retinoic acid receptor: RAR)に結合するとホモ二量体を形成し、標的遺伝子のプロモーター領域にあるレチノイン酸応答配列(RARE)に結合して遺伝子転写のスイッチをオンにする。レチノイン酸の異性体である9-cis retinoic acidはレチノイン酸受容体(RAR)の他にレチノイドX受容体(RXR)にも結合して、ホモ二量体やヘテロ二量体を形成して細胞核内の受容体に結合して標的遺伝子の転写を誘導して生理機能を発揮する。13-cis retinoic acid(イソトレチノイン)はプロドラッグであり、細胞内でAll-trans RAに変換されて、同様の遺伝子発現の調節を行う。
【イソトレチノイン(13-cisレチノイン酸)は転写因子FOXOの発現を亢進する】
成長期の子供がイソトレチノイン(13-cis retinoic acid)を服用すると、成長が止まることが報告されています。その理由として成長ホルモンやインスリン様成長因子-1への作用が指摘されています。イソトレチノインがインスリン様成長因子-1(IGF-1)の血中濃度を低下させる作用が報告されています。
例えば、47人のにきび患者(平均年齢21.5±5.1歳)を対象に、イソトレチノインの1日量を最初の1ヶ月間は0.5〜0.75mg/kgで開始し、その後維持量として0.88 mg/kgで治療を行っています。3ヶ月後に採血して検討したところ、インスリン様成長因子-1とインスリン様成長因子結合蛋白-3の血中濃度が著明に低下していました。(Br J Dermatol 162(4): 798-802, 2010年)
イソトレチノインは小児の腫瘍の神経芽細胞腫(neuroblastoma)の治療に効果があります。この神経芽細胞腫の治療に13-cisレチノイン酸を使った小児の成長が抑制されたという報告があります。(Endocr J. 46 Suppl:S113-5, 1999年)
イソトレチノインはIGF-1シグナル伝達系を抑制的に作用するようです。
イソトレチノインがFOXO1とFOXO3aの活性を高めることが報告されています(イソトレチノインはFOXO3aの活性を高め、FOXO3aがFOXO1の転写を亢進します)。(G Ital Dermatol Venereol. 145(5):559-71. 2010年)
図:(左)インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)はPI3K/Aktシグナル伝達系を亢進し、活性化されたAktは転写因子FoxOをリン酸化する。リン酸化されたFoxOは核外(細胞質)へ移行するので、FoxOの転写活性は抑制される。
(右)イソトレチノイン(13-cis retinoic acid)は細胞内でAll-transレチノイン酸
(ATRA)に変換され、レチノイン酸受容体に結合し二量体を形成して標的遺伝子のプロモーター部分のレチノイン酸応答配列(RARE)に結合して遺伝子発現を亢進する。イソトレチノインはIGF-1の産生を抑制する作用がある。さらに、糖質制限はインスリン濃度を低下させ、ケトン食はIGF-1濃度を低下させると同時に、ヒストン脱アセチル化酵素を阻害してヒストンのアセチル化を亢進してFoxO遺伝子の発現を亢進する作用もある。したがって、ケトン体を多く産生する中鎖脂肪ケトン食とイソトレチノインは転写因子のFoxOの活性化などによって相乗効果で抗がん作用を強めることができる。
【ヒストンのアセチル化促進作用とイソトレチノインの相乗効果】
13-cisレチノイン酸(イソトレチノイン)は体内でall-transレチノイン酸(ATRA)に変換され、ATRAは細胞核内のレチノイン酸受容体(retinoic acid receptor:RAR)やレチノイドX受容体(retinoid X receptor: RXR)に結合して2量体を形成して、標的遺伝子のプロモーター領域に存在するレチノイン酸応答配列(retinoic acid response element: RARE)あるいはレチノイドX応答配列(retinoid X response element: RXRE)と結合することによって、様々な標的遺伝子の発現を調節しています。
にきびの治療にはイソトレチノインは劇的に効きます。がんに対する効果も期待されて多くの臨床試験が行われたのですが、あまり良い結果は得られなかったため、次第に注目されなくなっています。
ただ、がん細胞の遺伝子にはエピジェネティックは制御が起こっています。特に細胞増殖を抑制したり細胞死や分化を誘導するようながん抑制遺伝子には、DNAのアセチル化やヒストンの脱アセチル化によって転写因子がアクセスできにくくなっていることが明らかになっています。つまり、レチノイドが思うように効かないのは、これらの遺伝子にレチノイドがアクセスできないためで、アクセスできるようすればレチノイドの抗がん作用が出てくる可能性があります。
中鎖脂肪ケトン食は、糖質と極力摂取しないので、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)シグナル伝達系を抑制し、ケトン体のβヒドロキシ酪酸は、ヒストン脱アセチル化酵素を阻害することによって、ヒストンの高アセチル化によってFOXO遺伝子などのがん抑制作用のある遺伝子の発現を促進します。ヒストンのアセチル化によって転写因子がアクセスしやすくなると、レチノイドの遺伝子発現誘導作用も促進されます。つまり、にきび治療薬の13-cisレチノイン酸(イソトレチノイン)を併用するとFOXO遺伝子の発現と転写活性を高めることができます。さらに、脂肪酸の燃焼を促進してケトン食の効果を高めるL-カルニチンにはヒストンのアセチル化を高めて、がん細胞の増殖を抑制することが示されています。すなわち、L-カルニチンは内因性のヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤で、生体内でがん細胞の増殖を選択的に阻害することが報告されていま。(PLoS One. 2012; 7(11): e49062.)
さらに、L-カルニチンにアセチル基(CH3CO-)が結合したアセチル-L-カルニチンはヒストンアセチル化のアセチル基を供給する作用があります。
ミトコンドリアで生成されたアセチルCoAは、カルニチン・アシルカルニチン・トランスロカーゼ(carnitine acylcarnitine translocase)の作用で細胞質に運ばれ、ついで細胞核に運ばれ、核でカルニチン・アセチルトランスフェラーゼ(carnitine acetyltransferase)によってアセチルCoAに変換され、ヒストンのアセチル化のアセチル基の供給源となることが報告されています。(Epigenetics 4(6):399-403, 2009年)アセチル-CoAはグルコース(ブドウ糖)や脂肪酸の分解で生成されます。すなわち、グルコースが解糖系で代謝されてピルピン酸が作られ、ピルビン酸がミトコンドリアに入って、ピルビン酸脱水素酵素の働きでアセチル-CoAに変換されてTCA回路に入ります。脂肪酸もミトコンドリアでβ酸化によって分解されてアセチル-CoAに変換されTCA回路に入ります。このとき、グルコースが枯渇しているとアセチル-CoAは肝臓でケトン体生成に使われます。
グルコース枯渇時にアセチル-CoAがケトン体に変換されるのは、アセチル-CoAが細胞膜を通れないので、細胞膜を通過できるケトン体に変換されて脳などの他の組織の細胞にエネルギー産生の原料として運ばれるためです。
細胞核におけるヒストンのアセチル化では、アセチル-CoAのアセチル基が使われますが、このアセチル-CoAはミトコンドリアで作成され、ミトコンドリアから核への運搬にはL-カルニチンが必要ということです。この経路をまとめると以下のようになります。
図:グルコースや脂肪酸の分解によって産生されたミトコンドリア内のアセチル-CoAは、カルニチンアセチルトランスフェラーゼ(CAT)の作用により、L-カルニチンと結合してアセチル-L-カルニチンとしてミトコンドリア外の細胞質に輸送され、さらに細胞核に移行する。核に移行したアセチル-L-カルニチンは、L-カルニチンとアセチル-CoAに分解され、アセチル-CoAはヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HAT)の作用によってヒストンをアセチル化する。
図:L-カルニチンにはヒストン脱アセチル化酵素阻害作用によってヒストンのアセチル化のレベルを高める。さらにL-カルニチンはアセチル-L-カルニチンとしてミトコンドリアで生成されたアセチルCoAを核に運ぶ役割も担っている。核ではアセチルCoAのアセチル基をヒストンアセチル基転移酵素の働きでヒストンをアセチル化する。つまり、L-カルニチンとアセチル-L-カルニチンは、ヒストンのアセチル化を促進する。
●1ヶ月分の費用の目安 :
FoxO3活性化を目標にした治療法には以下のような医薬品やサプリメントを使用します。がんの進行状況や治療の状況に応じて、使用する薬の組合せは異なります。詳細はメール(info@f-gtc.or.jp)か電話(03-5550-3552)でお問い合わせ下さい。
- オーラノフィン(3〜6mg/日):3000円〜6000円
- メトホルミン(500〜1500mg/日):3000円〜9000円
- ビタミンD3(4000〜10000 IU/日):3000円〜7000円
- イソトレチノイン(10〜20mg/日):6000円〜12000円
- フェノフィブラート(100〜200mg):3000円〜6000円
- サリドマイド(100mg/日):45000円
- ジインドリルメタン:9000円
- アセチル-L-カルニチン(1000mg/日):6300円